第十四話 交差する稲妻4

 グオン、グオン、と重苦しい音を立ててプロペラが回る。山脈と山脈の間、アルメロ街道直上。

 低高度を潜むように飛んでいくのは、空賊特有の塗装をした船だ。上部が土埃色カーキ、下部が白色。そうすることで、上からは地面に、下からは雲に紛れることができるという、空賊たちの悪知恵である。

 当然、同高度から見ると上半分と下半分でまるで色が違うので、すさまじく不格好だ。軍がこの方法――空戦迷彩と呼ばれる――を採用しないのは、そうしたところが大きい。


「もうちょっとプロペラの音を抑えれねえのか?」

「無理だろ。ガタも来てんだ、いつエンジンが爆発するか……」

「くそ、ろくな修理もできずに逃げっぱなしだからな」


 甲板で警備にあたっているあらくれ空賊たちが、それぞれに愚痴っては空を見つめた。

 占領した町では我が世の春とばかりにやりたい放題――殺し以外――していた空賊たちは、しかしいまや急転直下、みじめな逃亡生活の中にいた。あれからもう五日ほどたとうとしていた。

 おまけに甲板警備は、誰もが嫌がる当番制の仕事である。空の風は冷たく、また船が移動しているという都合上、止むことがないからだ。愚痴の一つや二つも出るというものである。


 見上げた空は薄暗く、曖昧な雲がかかっている。雨は降らないだろうが、それにしても日差しは弱い。先行きの不安をより搔き立てるような空模様であった。

 それは、味方がずいぶん減ってしまったことも要因だろう。最初は数十隻あったというのに、いまや一桁である。不安を抱くのも無理はなく、彼らは今にも逃げ出さんばかりの様子であった。


「あんな怪しい奴らの仕事なんて受けるんじゃなかったな……」

「相手があんなバケモンなんて聞いてねえ。見たかよ、あの速さ」

「白面のやつらについていっても、アレに追われたら……」


 戦闘の様子を思い出したのか、空賊たちは凍えたように震えあがった。小型艦よりも早く、高く空を飛び、上から一方的に打ち下ろしてきた姿。翼を広げ、雲の間を飛ぶ姿は、まさしく伝説の"雲鯨"のようであった。

 見ている分には優雅かつ可憐なヴァルカンドラ。だが、打ち下ろされる側にとってはたまったものではない。"バケモノ"という評価は、彼らの総意であると言えた。


 そうした恐怖から警戒心を強めていた彼らだからこそ、ふと周辺の違和感に気づいた。


「……? なあ、なんか暗くないか」

「そういえばそうだな。なんだ、雨か?」


 彼らはそう言って、斜め上から直上へと頭を上げ、そして叫んだ。恐怖に、である。

 ――彼らの真上、うっすらとかかっている白い雲の上に、十字架のような影が見えたのだ。それは、記憶に新しい、怪物の姿と酷似していた。


「敵襲! 敵襲だーっ! 鯨が、鋼の鯨が――」


 遥か天空から響く砲撃音。死への恐怖、鋼の鯨への恐怖、何もかもががないまぜになった叫び。二十センチ砲の無慈悲な雷と爆発が、それらを飲み込んで消えていった。




「第一射着弾、直撃です。敵小型艦の機関損傷及び墜落開始を確認。第二射、砲をニセンチ上げて行いなさい」

「了解! 一番主砲、照準補正――完了!」

「第二射、放て」


 冷たい一言に、誰しもが震えながら引き金を引く。また船が爆発して消えていった。散り消えていく炎を、オリヴィアはあくまで静かに見おろす。


「予定より遅れていますね。すぐに散開されましたか」

「……も、申し訳ありません」

「構いません、敵が有能なだけです。空戦隊の様子はどうか?」

「作戦通り、敵艦隊の前に出てきて足止めをしています。すでに小型艦を一機撃沈していると報告があります」

「……判断速度の割に弱すぎますね。攻撃してこないのも気になります。落ちたのは空賊艦ですか?」

「おそらくは」


 オリヴィアはエリザの報告を聞きながら、超視界であたりを見渡す。

 敵艦は既に散開を完了しており、打ち下ろすだけでは大した被害を出すことはできないだろう。中型艦を中心には、小型艦六隻――さきほど、四隻に減ったが――が円形に配置された巡航陣形は、こうした状況では、すぐに散開行動を行えるという点において優れていると言える。

 すでに回避行動も行われている。小回りの効かないニ十センチ砲では、これ以上の損害を与えることは難しかった。


「作戦、第二段階に移行します。中高度まで低下、そののちに小型艦を射出してください」

「了解、中高度までの降下を開始」

「重力炉に負荷が予測値よりも少し高いです、艦長。連続した高負荷が原因かと」

「……誤差の範囲です。続行なさい」


 薄雲を引き裂いて、ヴァルカンドラが空より姿を表した。太陽を背負い、逆光で暗く染まった姿は、あたかも災厄をもたらす神話の存在にさえ見えた。

 砲撃が再開される。一方的な攻撃のさなか、空賊艦はやけっぱちのように上昇と銃撃を始めるが、ヴァルカンドラに近づくこともできずに叩き落されていった。


 反面、白面の男の手先であろう白い中型艦二隻は、全く焦りなく回避行動を続け、ヴァルカンドラの猛攻をしのいでいる。 実際それが正解だろう、とオリヴィアは無言で思った。

 対空炸裂弾では中型艦の装甲を貫けないし、ああも動かれては狙いもつけられない。


「中型艦への攻撃は牽制程度にとどめ、小型艦の撃墜を優先なさい」

「了解! 火器管制班、聞いたな!?」


 慌ただしく動く艦内の声をぼんやり聞きながら、次々と落ちていく小型艦に注意を向ける。茶と白、やはりどれも空賊艦だ。中央に陣取った中型艦二隻は、回避機動以外ではほとんど動いていない。砲撃さえしてこないのである。

 なにかある、そう確信したオリヴィアは、中型艦の方をじっと見つめた。そして、その形状と配置の奇妙さに首をかしげた。


 まず、砲が大きすぎる。上部に装備された砲は、およそ中型艦が使うべきではない大型砲塔であり、十五センチはあろうかというものだ。

 あんなものをあの図体で撃ったが最後、上下がひっくり返ってそのまま航行不能、クルーは宙づりになってしまうことだろう。だから撃ってこないのか。ならそもそも、なぜ撃てないような兵器を乗せたのか。


「それに、距離が近すぎる……回避機動の結果? いや……これは、たぶん、計算づくの……」

「艦長?」

「……小型艦はほとんど無力化できましたか。なら、次は中型艦を狙って――」

『オリヴィア艦長、中型艦に動きありだ! あの二隻、ぶつかるぞ!』


 ブルーノからの通信に、ハッとして再び注意を向ける。思索から戻ってきたオリヴィアは、信じられない光景を目にした。

 前方を飛んでいた船の船尾に、後方から迫っていった中型艦の船首が、つなぎ合わされたのである。ガンだか、ゴンだか、奇妙な音を立てながら、"合体"したのだ。


 しかもそれは、ただつながっただけではない。互いの推進機や武装類を邪魔しないように設計されており、最初から合体して大型艦として運用することを前提とした、威容な船であったことがうかがえる。

 奇妙に思えたY字型の船体にも、分不相応に過ぎて撃つことさえできない火砲にも、ようやく納得がいった。偽装大型艦といったところか。敵国まで侵入し、戦力が必要とあれば合体して大型艦としてふるまう。

 接合部分が組み合ってできた紋章を見れば、もはや間違いようもない。それは王国の新型船であった。


「王国……っ! やっぱり厄介ごとじゃないですか! 回避機動、いえ、総員対ショック姿勢を! 砲撃が来ます!」


 睨みつける彼女の視線をものともせず、火砲が持ち上がり――砲火が上がる。回避機動を取る時間もなく、砲弾は吸い込まれるように、ヴァルカンドラの下部装甲に叩き込まれた。

 爆音と衝撃が、総合指令室へ襲い掛かる。

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