第十三話 交差する稲妻3

「な、なんだったんだ……?」


 誰かの声が響く。それは総合司令室にいた、オリヴィアも含む船員たちの総意でもあっただろう。

 旋風のごとく吹いて去っていったアレは、帝国の――いや、世界的に見ても類を見ない存在であったのだ。当然とも言えた。


 人型の兵器。その構想が、これまでまったく存在しなかったわけではない。

 精神同調能力は人間の感覚を基盤に作用しているのだから、搭乗する兵器を人型に近づけることで、より高い性能を発揮できるのではないか。幾人もの学者たちがそう考えてきた。

 反重力物質の力があれば、手足に付属させる推進装置もかなり自由が利く。上下左右どこにでも自由に動けるのだから、小回りという点において他のどの兵器より勝ることが容易に想像できる。

 今まで存在しなかったのは、単に研究開発にかかるコストの問題と、人道的な観点からの問題があったからである。


 人型に近づくということは、手足の稼働がある程度自由でなければならない。また、動きのスムーズさを求めるのであるから、積載重量の程度はしれたものだ。装甲などまともに詰めたものではない。

 最終結果として出来上がる代物は、小型艦など相手にもならないような機動力の代償に、一発かするだけでよくて瀕死、当たり所が悪ければそのまま墜落してミンチという非人道的な特攻兵器である。

 しかもそれほど搭乗者のリスクが高いにもかかわらず、サイズの問題で対艦戦においては大した火力も出せない。いわば"空飛ぶ機銃搭載車テクニカル"である。使い道がなくはないが、他でどうとでも代用できる程度の代物なのだ。

 だからこれまで、帝国と王国のどちら側でも作られなかった。


「艦長、どうします。損害も多少あるようですが」

「下部の対空機銃が一丁、ですね。把握しています。……あの高速起動の最中によくも狙い撃ったものですね」


 エリザの問いかけに、むう、とオリヴィアは唸った。難しいところだ。あれが敵――もっと言えば王国の新兵器であるのなら、すでにヴァルカンドラの位置と航路は大まかに把握されていると言ってもいい。

 となれば強襲作戦はこの時点で失敗しているとさえ言うことができるが、あれが敵とは無関係の新生物の可能性も捨てきれない。そもそも、機銃一丁の損失で逃げ帰ったとなれば帝国軍への信頼が薄まりかねないのだ。


「……作戦は続行します。しかし、強襲作戦そのものは変更せねばなりませんね」

「といいますと……」

「予定を前倒しして今から山を超えて強襲し、高硬度から砲撃します。敵船は小型艦から中型艦がおもでしたね、ハムト三等空尉?」

「はい。離脱を確認したのは小型艦が六、中型艦が二隻であったと報告されています」

「であれば、敵艦隊は高高度への攻撃が不可能であると考えられます」

「……しかし、逃走するやつらの中には未確認の艦もある。空賊のつぎはぎ艦パッチワークでないなら、高高度への攻撃も有り得るが?」


 ここまでむっつりと押し黙っていたジュロイ機関室長が口を挟んだ。それも頭の痛い問題ではある。

 そもそも現時点で、未知の兵器の襲撃を受けているのだから、他にも予測不可能な要素が混じっている可能性は高い。そんな状況下で予定を変更して、自体が好転するかどうか。部の悪い賭けになる。


「ですが、賭けねばなりません。このまま進んでも失敗は目に見えていますから」


 戦術的な不利は、もう前提として諦める他ない。あとには引けぬ以上、どこかでリスクを背負う必要があるのだ。

 にわかにざわめき出す総合司令室。だれもが何かを考え込んでいる。オリヴィア反論や意見を待った。彼女自身、この作戦の前倒しが有効かどうか、まだわからなかった。


「……では、艦載小型艦も出しましょう。回り込ませて、前後から叩いたほうがよろしいかと」

「そう……だな。青鴉級なら高高度からの発艦もいけるし、正面火力でいえば中型艦でも十分相手できるはずだ」


 エリザ副艦長が呟く。すると、それにブルーノ二等空佐も乗っかってきた。


「回り込ませる、ですか。それならヴァルカンドラが前に出たほうが良いのでは? 小型艦で正面戦闘は……」

「エンジンを焼き付かせても回り込むのは不可能だ。いくら軽いといえど鉄の塊、高高度では速力も満足に上げられん」

「さ、左右から抜けていくのもむ、無理ですよ。だってあの……大きいですから、その。や、山肌ギリギリまで寄っても敵から丸見えかと」

「青鴉級なら速力もヴァルカンドラよりは高いですし、正面装甲で言えばヴァルカンドラとも五分五分ぐらいでは?」


 それを機に、一気に意見があふれてきた。ああするべき、いや無理だ、ならこれはどうか。オリヴィアにこまごまと問いかけを投げながらも、それぞれの専門家がそれぞれの意見を出す。

 オリヴィアは一瞬、困惑した。クルーたちはこれまで、どこか萎縮するように黙り込んでいたからだ。しかし、彼らはそれぞれに専門家である。それぞれに意見を持っていて当然なのだ。

 これまでは作戦を練るだけの余裕もなく、彼女の判断と即決が求められた。それゆえ、彼らが口をはさむだけの余裕もなかったのだ。


「……」

「それでは、空戦隊の配備はどのように――オリヴィア艦長?」

「……いえ、なんでもありません」


 気負い過ぎていたのか。いや、そうではない。オリヴィアには艦長としての責任があるのだ。未熟な身である。だからこそ、責務だけは迷いなく行わねばならない。

 これは咄嗟の応戦とは違う。作戦行動なのだ。ただ一人の判断にすべてをゆだねる、その行いのなんと愚かなことか。一人ですべてを掌握することなど不可能だというのに。


 だが、オリヴィアの脳裏には、いつものように叩きつけられてきた言葉が走っていく。"甘えるな"と。"自分で考えろ"と。それは、半ば洗脳めいた教育であった。

 暴力の記憶。今でも思い出す、熱くしびれるような痛みの感覚。一瞬で青ざめる顔と、震える指を、強くこぶしを握りしめて抑える。そうすることしかできなかったのだ。幸か不幸か、それは誰にも見られなかった。


「オリヴィア艦長、顔色が……」

「問題はありません。私は作戦行動に必要な心身状態を維持しておりますので。……小型艦の総数は?」

「は、はいっ! 十五隻が、その、整備万全、です。予備の艦もさ、三隻ありますが、乗る人間がいないので」

「そうですか。では三隻はこちらに。残りの十二隻は敵艦隊の正面に回らせます。ブルーノ二等空佐、そちらに回っていただく」

「ええ、お任せあれ。ですが、そんなに少数でよろしいので?」

「低高度での敵小型艦の抑えに回っていただく分には十分。向かってくる中型艦の一隻や二隻程度は速攻で叩き落とします」


 冷徹に、冷酷に、判断を下す。その様子は、どこか人間味というものをそぎ落としてしまったかのような、少女にあるまじき決断力が見えた。まるで肉でできた戦闘機械そのものとさえ言える。

 エリザはその様子を見て声をかけようとする仕草を見せたが、オリヴィアはそれを無言で見つめかえした。助けなどいらないと、そう言い放つかのように。ほとんど睨みつけるような、強い視線。エリザは黙る他なかった。


「作戦行動を続行します。機関そのまま、重力炉の出力を上げて高高度まで上昇なさい」

「了解!」

「了解です、艦長。重力炉への電力供給が十パーセント増加……完了」

「総員、上昇に伴う衝撃に備えよ……艦内移動中のものは移動を中止して、地面に伏せるか、周辺の物体につかまりなさい」

「ヴァルカンドラ浮上!」

「ヴァルカンドラ浮上します! 目標、敵艦隊上空、高高度!」

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