第十一話 交差する稲妻1
――演習飛行は中断、これよりのちは空賊と目されし敵艦を追跡し、これを撃沈し可能なら所属を特定せよ。ただし艦の無事を優先し、不可能と艦長判断すれば直ちに撤退すべし。
白面のものたちに関する報告を送ってから半日、空軍本部から帰ってきた返事はそうした言葉であった。つまり、作戦を変更して敵空賊を追えというのだ。オリヴィアはこれに盛大に顔をしかめたが、何一つ文句はこぼさなかった。
「……エリザ副艦長、補給は十分ですね?」
「はい。丸一日撃ちっぱなしでも問題ない程度には。しかし、試験艦で追撃ですか」
「周囲に戦力がいなかったのでしょう。ここは帝都からある程度距離があって、皇帝陛下を守護する第一艦隊が動くには遠すぎますし、第二艦隊のいる最前線付近からもまた遠いですから」
しかし、仮にも帝国の一都市を占領し、あまつさえ多くの命を奪った相手をむざむざ逃がしては、帝国の面子にも関わってくるのだ。だが軍を動かすには位置が悪い。であれば、一番近くにいる戦力、すなわち当事者を動かす方が早い。
理屈はわかる。しかし、強襲を受けた動揺がいまだに癒えていないというのに、すぐに動いて追撃せよというのは、なかなか酷な命令だった。文句を言っても仕方がないが、しかし愚痴の一つや二つ吐きたくなるというものだ。
「ジュロイ機関室長。それから……マルナス整備士長。検査結果を」
「エンジンは問題ない。機動翼の展開による負荷は予測値よりも低かった」
「は、はい! マルナス整備士長であります! 被弾した部分を点検いたしましたが装甲に欠損はなく、表面塗装の整備のみ行いまし、ましたっ!」
鮮やかな栗毛をした、一見すると――オリヴィアよりはさすがに背が高いものの――少女にも見えるマルナス整備士長が答える。
その態度はどこか、常に怯えているようにも見えて言葉もどもりがちだが、整備の腕はたしかだ。彼女も、もともとは優秀な自動車工であったが、戦時下において徴兵された"軍役上がり"だという。
そんな彼女が問題ないというのだから、確かに問題ないのだろう。つまり、これ以上の遅延は許されないということでもある。
「……では、重力錨への電力供給を停止なさい。エンジン始動。これより、『
感応筒へと腕を突っ込む。七日間の間にだいぶ馴染んだと思っていたが、丸一日離れてからだと、やはり異質で気持ちの悪い体験であった。感触があるのかないのかも分からない。そもそもこの物質はなんなのだ。
考えても答えの出ない問いを頭でぐるぐるさせて、どうにか気持ち悪い感覚を乗り越える。そのうち慣れる、と自分に言い聞かせながら、船と感覚をつなげる。
超視界で見た空模様は良好。遠くに雨雲は見えるが、ひとまず快晴といっていい。見る限り、そして感じる限り、艦体や機関に異常は見られない。火器の回りも良好、初使用の後であったがとくに不具合なども出ていない。およそ理想的な状況といえた。
「重力炉一番から四番まで起動。アルハム二等空尉、出力が四十パーセントを超え次第、巡航速度で航行を開始してください」
「了解です。出力二十九、三十、三十二、三十四……」
出力計を読み上げる声がして、そのうちに船がゆっくりと動き出した。重力錨が船の中へと引っ込み、鋼の塊が空を浮かぶ。船の下から声がしたので、超視界をぐるりと回してみてみると、アルフェングルーの町の人が、手を振って見送っていた。
総合司令室の船員たちは、それに喜ぶともなく、どこか誇らしげにしていたが、オリヴィアは顔をしかめっぱなしだった。
――もっとも讃えられるべきは、誰も救えなかった我々ではなく、命をかけて人々を守ろうとした、アルフェングルー駐在軍人たちであるべきだ。
心の中に浮かんだ言葉を、心のままに握りつぶす。一介の乗組員であればともかく、オリヴィアは艦長なのだ。自分たちの功績を、ことさらに貶めるようなことをすれば、乗組員の不評を買うばかりである。
オリヴィアの日記では、その際のもやもやとした感情がそっくりそのまま記されているが、中にはこうした記述もあった。
「しかし、我々もまた、決死の思いで戦ったのだ。そして勝った。明日の死者を減らすことができた」と。そしてこう締めくくられる。「我々は戦わなければならないと私は悟った。昨日死した勇敢な戦士のために。今日死にゆく者のために。明日死ぬかもしれない無辜の人民のために」
オリヴィアは一人もの思いにふけりながら、長い瞑目ののち、かたわらのエリザに問いかけた。
「副艦長、作戦の復唱を。館内に改めて周知いたしますので」
「了解しました。では……ハムト通信士!」
「はい、カウントダウンののち、総合司令室と館内のスピーカーを接続します。三、二、一……どうぞ」
――"交差する稲妻"作戦。演習飛行が中断され、突然実行されることになった、空賊艦の強襲作戦である。
まず、逃走した敵艦十隻ほどを追いかけて西側へ、道中横たわる山脈を大きく迂回して向かう。普通であれば追いつけないが、ヴァルカンドラの機動力をもってすれば、十二分に間に合うという計算がついている。
そののち、山脈を超えてきたところを高高度にて待ち伏せ、砲撃。その後降下し、進路をふさぎながら砲雷撃戦によってこれを撃滅する、というのが作戦の概要となっていた。
後になってより定型化され、帝国空軍における軍事戦略の一つとして加わることとなる
ヴァルカンドラ以前の大型戦闘艦は、その多くが鈍重で強固なタイプである。機動力は低く、装甲で敵を受け止めながら火力でもって叩き潰す、そうした正面からの殴り合いが主であった。
対して、ヴァルカンドラは高速艦である。可能な限りの軽量化、機動翼、そして大型艦用の高出力な推進装置。これらが合わさって、下手な小型艦よりも、ァルカンドラの方がずっと早い。
今までと全く違う形の艦。その扱いをどうするか、帝国軍は持て余し気味でいるのがヴァルカンドラ開発当時の状況であったが、この作戦の考案以来、帝国の高速艦思想が芽生えていくことになり、半世紀ほどもすると電撃戦を主な戦法とする"雷雲戦隊"も構成されるようになる。
とはいえ、どっしりと構えて敵の進行を待ち、真正面から殴り合う戦いが主であった大型艦のクルーたちは、この強襲作戦に一定の不安を覚えていた。
「ヴァルカンドラは細いし脆い、まともに殴り合えばどうなるか……」
「でも、追撃命令が出た以上動かないわけにはいかないよ。空戦における機動力が、艦対艦の戦いでどこまで有利をもたらすかが肝だね」
こそこそと語り合うものたち。その不安は実際、すぐさま否定するべきものではない。今まで小型艦や中型艦での機動戦は何度も行われてきたが、大型艦における機動戦はほとんど初めてのことだ。
大型艦という大きな的が早く動いてどうなるか。それは、全くの未知数だったのである。
とはいえ、地の利は陸・海・空のどれをとっても重要だ。有利な地につけたものは、よほどのことがなければ勝てる。それが戦の常であり、素早く動けるということは、敵よりも地の利を取りやすいということと同義だ。
やれるはずだ、とオリヴィアは祈るように目をつむった。頼むから、なにも起こらず、撃滅されてくれと。
しかし、その思いは届かない。第三艦隊六番艦ヴァルカンドラは、造船以降多くの戦いにおいて戦果を挙げたが、それに比例するように苦しい状況へと立たされ続けるさだめにあったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます