第七話 焼け付く地にて1

「生存者ゼロ、ですか」


 焼けた鉄と人の燃える匂いの中、ぽつりと呟かれた言葉に、報告者が慌てたように頭を下げた。しかし、オリヴィアは気にせず手を振り、下がるように伝える。ため息はその後に訪れた。

 しかし、目の前の残骸を見れば、生存者ゼロも現実的な風景に思えてきた。

 戦闘の跡、無数の墜落船。榴弾で焼け落ち、墜落で潰れ、原型さえ保っていないほどの船。自分が命令したこととはいえ、少しも罪悪感がないといえば嘘になるだろう。


 オリヴィアはあれから半日寝続けた。起きたあとも少し頭が重く感じられ、機動翼のテスト結果には、感応者の負担極めて高しと記したほどだった。

 ただ部下となった彼らは優秀で、オリヴィアが寝こけている間にも仕事をしてくれた。エリザは着陸の指揮を行って、ハムトやアルハムがその手伝い。機関士長のジュロイは無茶をしたエンジンの様子を調べた後は、戦後処理に回っている。

 その上、墜落した敵艦から生存者を探したりという仕事までしてくれたのだから、彼女としては文句の言いようもなかった。


 それでも生存者ゼロという数字は奇妙という他ない。もちろん、航空艦の墜落は、かなりの死亡率を誇る。なにせ、大質量の落下である上、大体の場合爆発を伴っているのである。眼の前の残骸と同じような目にあっている船がほとんどなのだ。


 しかし、船にはそれぞれ安全用の装置や装備が配備されている。落下傘パラシュートや耐ショックジェル、変わり種では手持ち式の反重力装置などがあり、それらは高い確率で墜落から船員を守ることができる。

 無論のこと、爆発に巻き込まれたり、使用する時間さえなく墜落したなら死亡するだろう。だが、あれだけの数の艦がいながら、誰一人として生き残れなかったというのは、ほとんどありえないことなのだ。


 そこまで考えたとき、オリヴィアの真上に影が指した。見上げてみると、戦闘用にチューンされた小型航空艦がこちらを見下ろしている。帝国制式採用の戦闘艇、傑作機の呼び名高い青鴉ディナ・モルバ級だ。

 ヴァルカンドラ内部に現状では十機搭載され、本艦の護衛を担う高速艦である。ただ、先の戦闘においては、出撃するだけの時間的猶予がなく、活躍の場を与えられなかった。

 そんな船が、彼女の横に着陸し、その後甲板から人が飛び降りてきた。ブルーノだった。彼は空戦隊を率いる隊長職についていたのである。


「オリヴィア艦長、こちらにいましたか!」

「ブルーノ二等空佐。空からの捜索はどのようになっていますか?」

「あまり成果は。しかし……お伝えしたいことはありました。どうぞ、こちらへ」


 しなやかな動きで降り立ったブルーノは、敬礼もそこそこに小型船内部へと彼女を呼ぶ。見れば、いつの間にやら縄梯子が掛かっていたので、彼女もすぐそれに応じた。


 青鴉級は小型船舶という分類で言えば最新に近い型。それ故かなり細身で、人も乗員は三人、どうにか詰め込んでもあと四人乗るのが限界だ。おまけに、通路スペースの中心にはかなり大きい機械の残骸と、それからジュロイが居座っている。

 そんなところにオリヴィアが来たために、青鴉級内部はかなり窮屈なことになっていたが、ジュロイはあまり気にしていないようだった。


「……来たか」

「ええ。報告をお聞きしましょう」


 ジュロイの冷たい声に、オリヴィアは平然として答えた。聞いてしまった会話のこともあれば、ここがアウェーではない、ということも強い。味方かどうかはさておき、周りが敵でないだけで、随分気楽であった。

 ジュロイはそれをどう受け取ったのか、フン、と小さく鼻を鳴らす。だが、それ以上のことはしなかった。


「……これを見ろ」

「エンジンですか? 中型船用の二連タイプ……」


 ひしゃげ、くずおれ、鉄くずと呼んでも違和感のないそれは、しかし特徴的な機構から、どんなものなのかだいたい察することが出来る。とはいえ、専門的な目があるかと言われればまた別だ。

 これがなにか、と視線で問えば、ジュロイは無言のままエンジンの一部分を指さした。特に一番焦げ付きのひどい部分だった。

 ささくれた黒い配管は、こうなる前までは銀色の光を放っていたのだと思うと、およそ無惨とさえ言える姿だ。しかし、砲弾の直撃は避けたようで、ある程度配管は残っている。


「……? この壊れ具合なら、もっと爆発していても良いのでは?」

「そうだ。砲弾を食らっているわけでもないのに、やたらと歪んでいる」


 ――トンカチでぶん殴ってもこうはならんが、砲弾じゃこの程度ではすまん。

 ジュロイが唸る。改めて見てみると、なんともちぐはぐな破壊痕だ。エンジン本体は巨人の拳でも受けたかのごとくくの字にひしゃげているのに、爆発しているわけではない。

 点火系の部品は稼働不全によるものか、焦げや爆発が見られるが、致命傷と言えるほどでもない。


「……破壊工作? どうやって? 生存者は見つかっていないし、爆発でもない。これだけ壊すには大掛かりなからくりがいる。ごまかしきれないはず」


 オリヴィアの口から思考が流れていく。ジュロイがそれを意外そうな目で見ていた。


 実際のところはわからないが、この襲撃は明らかに事前に計画されたものだ、と彼女は思っていた。なにせ手際が良すぎる。

 いくら旧式化が進んでいるとはいえ、軍人も通常通り配置されている以上、たかが一空賊程度では要塞は破れない。それを占領した上、大型戦艦が現れたからと言ってすぐさま奇襲を掛けるなど、よほどの訓練を受けていなければ説明がつかないのだ。


 オリヴィアは壊れたエンジンに触れた。まだ少し熱いようにも、ただ冷たい鉄の塊にも感じられる。おい、と静止しようとする誰かの声を無視して、目を閉じる。指先を冷たく冷ましていく。目の前の死んだ鉄塊と、同じぐらいに冷たく。

 物体との同調。精神感応能力者の基本技能。だがそれは、彼女の場合、また違った意味を持つ。

 帝国における法律では、感応能力者は物体との同調力によってEからAで評価されるが、彼らの力はそれだけではない。むしろ、それ以外の方向で力を発揮できる人間の方が多い。

 オリヴィアも実のところそうした人間である。彼女の場合は――感情や、記憶。いわば、精神的なところへの干渉力が高いのだ。だから、彼女がそう意識して使用するだけで、物体への同調は別の意味を持つ。


 すなわち、物体に残った思念の読み取り。


 ――こんな、こんな話聞いてないっ! あんな"鯨"が相手なんて!


 ――契約は交わされた。逃げることは許されない。


 ――くそ! ちくしょう! こんな化け物どもと契約なんてするべきじゃなかったんだ! 神様!


 声が聞こえる。感情が伝わる。チラチラと瞬くのは、がむしゃらに武器を振り回す野卑な男、そして、真っ白な仮面の人間。怒り。冷徹。こんなところでといういらだちと、こんなものかという諦め。

 ぐしゃり。指を向けられた瞬間、体を野卑な男。白面をかぶった人影は、そのままエンジンへ指先を向け。――超視界がはじける。


「……ぅく、ぁっ!」

「か、艦長?」

「まだ熱かったか!?」


 慌てた様子の二人に引きはがされたオリヴィアだったが、頭を二、三度振って平常な心を取り戻す。気絶はしなかったが、それでも手ひどい衝撃ではあった。


「これが感応能力の相互干渉ですか……厄介な。ですが、見えましたよ」

「え」

「敵はやはり、訓練された相手ですね。そして空賊を雇った。いや、傭兵でしょうか。まぁどちらにせよ、計画された襲撃ですね」


 ぽかんとしている小型船のクルーたちの方へ、彼女は振り向いた。吊り上がった瞳は、コックピットの向こう、灰色の曇り空をにらんでいる。

 逃がすべきではなかったな、と思う。しかし、あの状況での追撃は無謀であったし、そもそもほとんど気絶するように眠ってしまったオリヴィアが言えたことではない。

 ただの演習飛行だったはずの作戦は、しかしもはや戦火の中だ。戦役が終わったばかりなのに、すでに争いの風が吹いている。血なまぐさい風だ。こんな空を飛びたかったわけではない。


 何を言っても始まりはしない。だが。握りしめた拳はすぐにほどかれ、彼女は決然として言い放った。


「本部と通信をつないでください。空戦隊は交代しつつ、ひとまず本日正午まで捜索続行。……休暇は、それからですね」

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