第八話 焼け付く地にて2

 無線連絡による報告ののち、オリヴィアはようやくため息を吐き出した。病み上がりといってもいいコンディションの中、悩み事ばかりが増えていた。

 ディロイは破損したエンジンとともにさっさと船を降りたので、窮屈さが減ったことも安心に寄与していただろう。オリヴィア含めれば定員を超えてはいたが、彼女自身は年相応に小柄であるため、十分に動けるスペースがあった。


「オリヴィア艦長、先ほど"見えた"と言ってましたけど……」

「え? ……ああ。感応能力ですよ」


 ブルーノの問いかけに、彼女は小さく首をかしげる。士官の教育過程の中には、感応能力に対する理解のための講義もある。軍で仕事をしている以上、知らないということはないはずだ。

 そんな反応を見て、彼はぼりぼりと少し恥ずかしそうに後ろ頭を掻いた。


「恥ずかしながら、俺……じゃなくて、本官は前戦役からのたたき上げでして。自分も能力者なんですが、今まで感覚でしか使ってこなかったんです」

「ああ。……ご苦労なさったでしょう」

「ええ、まあ。オリヴィア艦長ほどではないですよ」


 前戦役――カンテブルク戦役。今から二年前、オリヴィアが"志願"する羽目になる日の直前に終結した、帝国と王国による戦争である。

 帝国と王国は、何百年も前から大陸の覇たるを唱えんとして相争ってきた。剣が銃になり、馬が車になり、船が空を飛ぶようになっても、休戦をはさみながらもずっとそうしてきた。

 しかし、最も直近の戦役たるカンテブルク戦役は、その名の通りカンテブルクをめぐる諍いから発展した。


 それはいつもの通り、国境線沿いの小競り合い程度で終わるはずだった。しかし流れ弾が住宅街に直撃したことで事態は一変したのだ。しかも、悪魔のいたずらか故意なものか、落下したのは白リン弾、ないし類似する焼夷弾の類であったのだ。

 火はあっけなく燃え広がり、安穏としていたはずの住宅街は一気に地獄と化した。カンテブルクが大都市であったこともあだとなり、死者数は三千を超え、重軽傷者は一万近くにまで至ったという。無事な者も、多くが住む家を失って路頭に迷った。

 これを故意な攻撃として激怒した帝国によって休戦協定の破棄が行われ、戦役ははじまった。しかし、両者準備もなにもなく始まった五年間に及ぶ戦役は、予想外の損害を両軍に負わせることになる。


 戦役が続くと、次第に物資どころか軍人さえ足りなくなり、帝国からは志願民兵も多く出されることとなった。ブルーノもその一人だったのだ。そして減った戦力を補充するため、特に目覚ましい能力を発揮した人間は、そのまま軍に登用された。否応なく。

 だから、"戦役上がり"の軍人は多くが元民兵である。ブルーノのように、必要な知識を持っていないというパターンも少なくはなかった。


「……では、簡単にご説明しましょう」


 オリヴィアは咳払いを一つして、滔々と語り始めた。嫌だとか、面倒だとかは感じなかった。否応なく戦うことになった現状を、自分と重ねたからだった。




 ――そもそも、精神感応能力とは、かねてより人類に芽生えていたある種の超能力である。

 精神と世界を共鳴させ、感応させることで、あるべき状態を捻じ曲げる。結果として感応能力者の意思によって物は浮き、火が生まれ、空間さえもが歪むのだ。


 物体との同調能力はもっとも代表的なもので、様々な機器との連携も、超視界の獲得などもそうだが、これはいわゆる"念動力サイコキネシス"の要素を持つ。実際、制御用の機械類の助けがなくとも、オリヴィアはヴァルカンドラの火器をある程度動かせた。

 ところが、感応能力はほかにも様々な分類が存在していて、物体同調が最も代表的だが、他にも"現象同調"や"精神同調"などがあった。


「現象同調は……まぁ、発火能力や空間操作の類ですね。水を操ったりは物体ですけれど」


 そういうとオリヴィアは手のひらを上にして人差し指を突き出した。そして、その指のはらに射殺さんばかりの視線を彼女が向けると、突然、ぽっと小さな音とともに火が生まれる。マッチ一本分あるかないかの、細い火だった。


「おわっ!? ……あっと。火気厳禁ですよ、艦長殿。ライターを閉じてもらっても?」

「……これは失礼。まぁこのぐらいでしたら私もできます。さて、本題の精神同調ですが」


 説明がしづらいな、とオリヴィアは顔をしかめた。親の仇でも見つけたかのような顔である。将来の不愛想な顔と相まって、彼女が少しでも顔を歪めると、それだけで途轍もなく不機嫌にみえるのだった。


「例えるのなら、むしろ本来の意味での精神感応テレパシーでしょうか。洗脳なども人によっては出来ますし、ともかく感情や思考、思念に干渉する能力です」

「せ、洗脳……艦長も使えるのですか?」

「ええ。それがなにか?」


 ぎょっとした視線。オリヴィアが動揺のかけらもなく見つめ返すと、慌てて視線がそらされた。この狭い船だ、誰が見ていたのかぐらいはわかる。目を合わせただけで危ないとでも思ったのだろうか。

 とはいえ、特にあれこれ文句をつける気はない。洗脳能力も半分はハッタリだ。できることは精々が暗示程度である。しかも、対象に手で触れ、目を合わせなければならない。

 だが、脅しには存在さえ分かっていれば十分だろう。ブルーノはある程度オリヴィアを認めてくれているが、それに頼りきりで指揮を行うわけには行かない。

 こけおどしでも、なめてかかってはいけない相手だと、そう思わせる他ないのだ。


「……で、物体からの記憶読み取り――サイコメトリーもその一種でして」

「なるほど、それで"見えた"と」

「ええ。外部出力できないので、改めて聞き込みなどして、裏を取りたいところですが」


 実際のところ、どのように報告したものか。オリヴィアは迷っていた。相手が正規の訓練を受けた相手であることは、まず間違いない。真っ先に撤退したのも彼らだろう。

 だが、ビジョンで見た白面といい、あくまで傭兵を表に出した姿勢といい、姿をあらわにする気がないのは明確である。アルフェングルーの者たちも姿を見ていたかどうか定かではない。


 見つけたところでどう説明する。あのひしゃげたエンジンを見るに、かなり高位の感応能力者が含まれているのは確実だ。もしこれが王国の特殊部隊だと断定されてしまえば、また戦役が始まりかねない。それは避けたかった。


「なんなんですかね、もう……」

「心労お察しします。あ、エリザから通信がきてますよ。補給には二日かかるそうで」


 二日か、と声がもれる。ブルーノも少し難しい顔をした。

 本来、この演習飛行において戦闘を行う予定はなかった。せいぜい火器演習程度で、それも廃坑を目標として行う停止目標への射撃試験程度だ。それゆえ弾丸も燃料も、戦闘用には積んでいなかった。補給が長引くのも当然の帰結である。

 本部からの連絡もまだ確認が取れず、これ以上は動けない。演習飛行を続行するかどうかの指示さえないのだ。この予想外なタイミングでの襲撃に、帝国空軍本部もそうとう混乱しているようであった。

 どちらにせよ補給が終わるまでは動けない。一度襲撃された以上、二度目がないとは言い切れないのだから。


 この状況下でも気がかりなのは白面の存在。あの状況で自爆作戦を行ったのだから何かしらの脱出手段は持っていただろう。もし町の中に潜入されているなら、何をされるか分かったものではない。

 オリヴィアにできるのはせいぜい、艦への搭乗を制限するぐらいことだ。何事もなければいいが。彼女はぼんやり思いながら、交代して船に戻るようにとだけ伝えると、青鴉級から降りて行った。

 休むより先に、やるべきことが一つあったのだ。

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