第六話 演習飛行5
飛び上がってくる無数の影。大きさはヴァルカンドラと比べれば小魚のようなものだが、大小合わせて三十を超えていただろう。
パパパッと夜の暗闇を
おそらく、本来ならもっと接近しての攻撃を計画していたのだ。だが、オリヴィアの指示でヴァルカンドラが着陸体制を中断して上昇したために、高度が取れなかった。
いくら防御の薄いヴァルカンドラだとて、この距離では威力がたりていない。至近距離でなければ、小火砲程度にはまず貫けない。だが楽観視できる状況でもなかった。
「まずいですね、早いのがいます!
エリザの声がする。オリヴィアの意識はすでに超視界の向こう、迫りくる中型艦を見つめていた。早い。撃ってこない所を見るに、武装も外した接舷特化型だろう。
「乗り込んで船を奪う気ですか……敵を空賊と認定します! 弾種八番、対空砲火始め!」
「だ、弾種八番了解! 撃ち方始めッ!」
ヴァルカンドラの武装はあまり小回りが効かないものの、その変わり火力や殲滅力においては、他の艦を凌駕している。
特に対地攻撃用でもある下部に二つ搭載された三連自在砲塔は、帝国でも最新式にして最大級たる二十センチの砲口径を誇り、テストにおいては、中型艦一つ落とすのに三秒とかからなかった。
もちろん静止目標と動体目標では話が違うが、それを補うのがこれまた新型の砲弾である。
バゴゥム! バゴゥム! 吠えるような重低音が大気を引き裂いて、発火炎が再び空を照らす。奇妙に膨らんだ形の砲弾は、鷹のように急降下したのち――炸裂。
砲火よりもずっと控えめな光と音。だが、敵に当たることもなく破裂した弾の中からは、小粒ながら殺傷力のある鉄球が高速でばらまかれた。
対空炸裂弾。時限式で起爆し、中の散弾をばら撒くことで小型艦を撃滅し、中型艦を牽制して見せる。機械の力を借りて爆発させるため、一発あたりが高価だが、こんなところで出し渋っても仕方ない。
甲高い金属音が連続して響き、ヴァルカンドラに追随しようとした小型艦がいくつも爆ぜていく。赤、オレンジ、赤。人の命が消えていく炎の色を、オリヴィアは無感情な超視界の瞳で見つめてから、舌打ちをひとつした。
「中型艦を取り逃しました。散弾の都合上とはいえ、狙いも何もあったものではないですね」
「敵艦、接近し急速上昇中! 本艦の上に取り付く気です!」
「……やむを得ませんか」
この艦の船員は、数人を除きすべて軍人であり、それ故乗り込まれてもすぐさま終わりにはならない。だが敵は複数だ。乗り込んできた兵に対処していたら、次から次に船が取り付いてきて物量で押し負けてしまうだろう。そうなればオリヴィアたちは死に、船は奪われる。
上昇はしているが、小型艦や中型艦の小回りにはおよばない。このままでは上を取られる。着陸準備の寸前であったために、高度が全く足りていないのだ。
だから、彼女は一つ決意をした。後で帝国の軍事技術者から、しこたま怒られるであろう覚悟だ。鋭い息を一つ、それから通信機に向かって告げる。
「――機動翼を展開します。ジュロイ二等空佐、それから、エリアス三等空佐! エンジン出力を上げてください!」
『正気か!?』
『無茶ですよ! あれはまだテストも――!』
「今がそのテスト段階でしょうが! アルハム、操舵権限をこっちに!」
「了解、お任せします」
オリヴィアもやけくそのように叫びながら、いくらかの操作を終え、エンジン出力の増大を確認した。どうなっても知らんぞ、と機関士長の老練たるジュロイが呟く声が聞こえたが、彼女はツンとした態度で吐き捨てる。
「文句なら生還してからいくらでも聞きます。エンジン出力はどうか?」
『出力、七十一パーセントに到達、いつでも!』
エリアスもまた、叫ぶように答えた。少しだけ興奮の色もある。
機関の状態によっては墜落もありうる。もしどこか故障があったりすれば、ヴァルカンドラは爆散し、鋼の鯨から燃える棺桶へすぐさま変身するだろう。だが、それでも興奮せずにはいられなかったのだ。
「総員、ベルトで体を固定してください! ロック開放、機動翼を展開せよ!」
「機動翼展開!」
ヴァルカンドラが産声を上げる。
機関の唸る音。金属のきしむ音。そして強く、連続した震動。それから、ヴァルカンドラの体が開いた。
花が咲くがごとく、装甲の一部がうねる。長く、だが細い腕。それは、ヴァルカンドラの船体側面から下部へ、己の身を抱くように走り、艦そのものを大きく見えせていた、腕のような装甲板だった。
実際のヴァルカンドラのサイズは、大型艦としては異様なほどの細身だ。それは、翼がどれだけ分厚く大きいものであるのかを暗に示してもいる。
艦のサイズと比較してもかなり大きい腕は、ただ開こうとするだけで轟音と強風を撒き散らし、寄ろうとしていた小型艦が吹き飛ばされていく。完全に開かれたそれは、まるで身震いするかのごとく、一度羽ばたく。
それは、五本の指を持っていて、くじらのヒレによく似ていた。
ヴァルカンドラ――もとい、
求められたのは火力と機動力。敵より早く動き、敵より高い火力で叩き潰す。単純明快な機体コンセプトは、しかし帝国にとっては難題であった。なにせ、飛行戦艦の開発以来、帝国も王国も、大型艦ばかり作ってきたからだ。
鈍重で、堅固で、大火力な艦を作るノウハウはある。しかし、飛行戦艦の開発当初は推進機関が弱く、動きが全体的に遅かったという背景もあり、素早く動いて敵をかく乱するような機体は今までほとんど作られず、それ故にノウハウがない。
そこで帝国技術部が考え付いたのは、可能な限り軽量化した大型艦に機動力を付与することであった。結果として、今まで得た経験や技術をいかしながらも、高い機動力だけを追い求めることができたのである。
そうした過程の中で、ヴァルカンドラの翼は生まれた。平常時は、下部と側面に添わせることで、薄くなりすぎた装甲を補填する追加の装甲板として。そして機動力が必要な時は展開し、揚力制御用の羽として機能するのだ。
また、両翼の先端に配置された重力炉を、それぞれ違う出力で稼働させることで、機体の機動をより直接的かつ滑らかに操作可能となった。これがのちに、帝国における航空巡洋艦の基本設計ともなる"
船首が上がる。機体そのものも垂直に上昇し、すさまじい速度で敵艦を雲の下に置き去りにしていく。それでもなお無理やり上にとりつこうとした中型艦が、ゴミのように上部甲板に弾かれ、吹き飛ばされ、装甲をひしゃげさせて落下していった。
ただの体当たりがそんな威力を発するほどの高速。それは、大型艦特有の高い推力と、重力炉六機の稼働、そして機動翼による純粋物理の暴力だ。
それこそが帝国の技術の集大成であり、ゆえに大型艦の中で最速の称号をほしいままにした。関わる者がみな、帝国にも王国にも伝わる空の伝説的生物、"雲鯨"になぞらえたのも、当然といえるような威容であった。
「敵艦直下!」
「ぐぎ――中型艦を主目標に狙いなさい! 小型艦はどうせ上まで届きません! 弾種二番……っ、一斉射せよ!」
トンカチで殴られているような、鈍い激痛をかみしめながら、オリヴィアが叫ぶ。
翼の制御は、彼女の想像以上の負担があった。長く柔軟な翼が動かせるということは、逆に言えばそれだけ制御しなければならない項目が多いということでもある。自由な空の飛び方は、人間にはまだ早い様子だった。
「弾種二番、装填よし! 斉射始めます!」
バゴゥム! バゴゥム! 再びの砲撃は、ほとんど呆けたように静止した敵中型艦を狙い撃ち、その船体を丸ごと包み込んでしまうような爆発を引き起こした。
炎が空にまたたく。音が響く度に、大きさに関係なく、船が落ちていく。一つ、二つ、三つ。
墜落していく自分たちの艦に、慌てたように敵が撤退を開始したが、時すでに遅し。空の王者はその威容から雷を落とすがごとく、次々と船を撃滅せしめており、またそのうちに地上からも対空攻撃が始まった。
アルフェングルーが占領者から基地機能を奪還したのだ。もはや基地に逃げ帰ることもできず、空賊と認定された船隊は、そのほとんどが爆ぜ、落ちていった。逃げ延びることができたのは、形勢不利と見るや否や脱出した十隻ほどだけだった。
敵がいなくなった空で、誰もが安堵のため息を漏らす。突然の戦闘開始と、突然の終結。困惑と衝撃のあまり、歓声を上げようもなかったのである。オリヴィアは今にも気絶しそうな思いで、大きく息をこぼし、どうにか簡潔な着陸指示だけ吐き出した。
――生き残ったのだ。じわりと広がった実感に、彼女は目を閉じる。次第に眠気が訪れたので、忙しく戦闘の後処理を指揮するエリザに後を頼み、そのまま眠りに落ちていった。
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