第21話 模範の怪盗
3人で登校した日の放課後
「あ、春ちゃん」
ふむ、やはり来たか。
そもそもなんで毎回振り向く方向が読まれているんだ? 絶対におかしい、やはりイカサマだ。
……イカサマ。
そうだ、ならこちらもイカサマではないがフェイントをしかけよう。時計回りと見せかけて反時計回りだ。
そして右足を後ろに引いて体を時計回りに少し捻りフェイントをかけてから反時計回りで振り返った。
あれ?
「ここだよ」
あれあれ?
「一応聞くけど羽流、なんでわかったんだ?」
「布石」
省略した! もはや俺と交わす言葉は最小限でいいと、会話にエネルギーを使いたくないと言わんばかりに。
漢字で2文字は流石にやばい。シュールすぎる……。
「まあ4回目だからね。そろそろフェイントが来るとは思ったよ」
「いつになったら俺は羽流に勝てるんだ……」
「それじゃダメだよ春ちゃん。私がもし先生だったら軽く200回くらい説教食らってるよ」
「お前は先生じゃないから説教なんて食らわないよ」
「おやおや、どうして私が先生じゃないと言い切れるのか20字以内で簡潔に述べよ」
「もしと言った時点で先生ではない証明となる」
やった。指を折って数えながら20字に収まった。
「すごい、本当に20字だ。模範解答だね。驚いた私の心まで盗んだから模範の怪盗だね」
「上手いこと言うなよ。それより帰ろうぜ、そのために呼んだんだろ?」
「あ、う、うん。じゃあ帰ろっか」
羽流の顔がめずらしく赤く染まっていた気がする……。
薄暗くなった帰り道。
羽流と二人で帰るのは4回目くらいなのだけれど、なんだか今日はあまり会話が弾まない。お互い疲れているからだろうか。
「そういえば、どうして俺が振り返る方向がわかるのか教えてくれないか? どんなカラクリなんだよ」
「ただ予測しているだけだよ」
予測と言った。
心理学の本は俺も読んだことがある。例えば右利きの人は右から振り向くとかなんとか、体の防衛本能がなんとかかんとか、もう忘れたのだけれど、そのようなことが書かれていた。
「つまりは心理学的なので俺の行動を予測しているってことか?」
「ぶっぶー外れ」
羽流がぎゅっと目を閉じて舌を出す。
なんだか女の子っぽくて可愛らしい。
「じゃあなんだよ。そろそろ教えろよ」
羽流は少し切ない顔で下を向いた。
「だからね、本当に予測しているだけなんだよ……」
これ以上は羽流に怒られそうだしまた今度聞いてみよう。
「ねえ春ちゃん、ラプラスって知ってる?」
「あー確か数学か物理だったかの天才だよな? 違ったっけ?」
「合ってるよ。……私って昔から数学得意だったじゃん?」
「え、そうなの?」
「そっか、小中って学校違うもんね。まあ私って昔から数学とか計算が得意だったんだけど、いろいろな計算をしていくうちに物理法則とか原子の運動量とか計算できるようなったの」
「おお、凄いじゃん」
「でもそれだけじゃ終わらなかったの。……その場の全ての原子の運動量や物理法則を理解して計算できるとしたら何がわかると思う?」
「悪い。俺の頭じゃわからん。青ならわかりそうなんだけど」
「少し先の未来がわかるの」
「……今なんて?」
「だから、その瞬間、その場所にある原子の運動量やその後の物理法則を理解して計算すれば未来が予測できるんだよ。ただそれにはスーパーコンピューター並みの莫大な計算が必要不可欠なんだけどね」
「……つまり簡単に言えば、時速50キロで走っている車が1時間後どこにいるかの答えが、50キロ先にいるって意味だよな。そう考えれば未来がわかる。」
一瞬躊躇した羽流だったが話を続ける。
「ま、まあそんな感じ。それを超超超、複雑に計算した結果の未来予知なんだ」
「つまり羽流は未来が予知できる訳じゃなくて、莫大な計算によって未来を導き出していたってことか。……未来予測」
「そう、それをラプラスの悪魔って言うらしい」
ラプラスの悪魔……今までなぜ羽流が俺の振り返る方向が解っていたのかと言うと未来予知ではなく莫大な計算により未来を予測していたと言うことか……。
つまり今まで冗談っぽく『布石』と言っていたのは本当に布石だったのか。
「じゃあ私はこっちだから、またね春ちゃん」
「お、おう。それじゃ」
不思議なことに羽流と話しながら帰るとまるで、どこでもドアをくぐったかのように、あっという間に家に着く。
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