第20話 お兄の成長

「……よ、…にい。……きてって…起きてよ…お兄」


「ふぁ」


 喜奈に起こされてつい変な声を出してしまった……。


「……いつまで寝てるの。 遅刻するよ」


 この感じ……。


 もしかして今日って入学式か? 今までの全てが夢でしたってオチか?


 勘弁してくれよ。急いで寝ぼけ眼のままスマホを探すが見つからない。こういう時に限ってあいつは視界からいなくなる。俺のスマートフォン……絶対に足がついている説。


 ふと足がついたスマホを想像したが、すぐさま想像するのをやめた。それもそのはずでパジャマのポケットの膨らみがまさしくスマホだと気付いたからだ。


 急いでスマホを取り出し画面を覗き日付を確認する。


 【4月25日 7時20分】


 あれは夢じゃなかった。


 現実で茉莉は苦しんでいて、抗っていて闘っていた。そして選んだのだった。前に進む道を……。


「お兄、朝ごはんできてるから」


 そう言って喜奈がリビングに戻っていった。


 そんな喜奈を横目で見送った俺は急いで支度を済ませリビングに向かった。


「おはよう喜奈」


 喜奈が一人で椅子に座り、テレビを見ながらコーヒを飲んでいる。


 どうやら親父も母さんも既に仕事に行ってしまったようだ。

 

 ほんのりと香るバターの匂いとこんがりと焼き上がった食パンの香りが部屋中に広がっている。世界一素晴らしい朝の迎え方じゃないか……。


 これを幸せと呼ばずして何を幸せと言えるのだろうか。


「あ、お兄おはよー」


「朝から兄ちゃんに可愛い顔を見せてくれてありがとう。今日も1日頑張れそうだ」


 喜奈は飲もうとしていたコーヒーをこぼしそうになる。


「……ッ。お兄マジできもい。だから青さんしか友達がいないんだよ」


「青さんしか友達がいない? おやおや、心外だな」


「えっ何? 何かいいことでもあった?」


 喜奈が片手に持っていたマグカップをコトンと机に置いた。


「青の他にも白山茉莉って友達が出来たんだよ、美術部の1年生の」


 それを聞いた喜奈が「はぁ」とため息をついた。


「でもそれって1年生の後輩にお兄が対等に見られているってことだよね?」


「そうだけど?」


「お兄は恥ずかしくないの? プライドとかないの?」


 喜奈が俺の顔をまじまじと見つめる。


(成長に一番不必要なものはプライドだよ)

 ふと羽流の言葉が脳裏をよぎった。


「別に恥ずかしいとは思わんし、そんなプライドは必要ないだろ?」


 喜奈が両肘を机に乗せて手のひらの上に顔を乗せた。そして再びこちらを見ている。


「ふーん……」


 俺は淹れたてのコーヒーを白いマグカップに注いでから喜奈とは机を挟んで反対側の椅子に座った。


「そもそも俺は年齢で上下関係を決めること自体あまり好きじゃないんだ。生まれたのが1年早いだけ偉そうにするのはおかしくないか? 確かに人生の経験値が違うかもしれないけど、年下の方がいろんな経験をしているかもしれないだろ? つまり年下からも学ぶことはあるんだよ」


「……確かに、そうだね」


「だからそんなプライドは必要ない。俺はそいつが友達だと思ったからそいつの友達なんだ。後輩である以前に一人の友達だよ」


 喜奈が手のひらの上に乗せていた顔を赤く染めた。


「お兄、変わったね。なんかカッコいい」


「お、おう、ありがと……」


 マグカップを持った反対の手で頭を掻いた。


「何照れてんの? きもいよ」


「うるさいわ。――ところで喜奈、今日学校が終わったら少し話せないか?」


「え、何? 告白ならお断りだよ。というかダメだよ兄妹で……」


 喜奈が本当に心配しているような表情で俺を見る。


 頼むからその表情はやめてくれ。俺が痛いやつみたいで恥ずかしい。


「するかよ。まあ帰ったら話そう」


「……わかった。じゃあ私、そろそろ行くね」


 そう言って残りわずかだったコーヒーを一気に飲み干した。


「おう、気をつけてな」


「うん、お兄もね」


 俺もそろそろ行くとするか。


 重い腰をあげて、靴に履き替えて家を出た。……風が心地いい。


 春も終わりに近づき少しずつ暖かくなってきている。

 周りを見渡せば4月末だというのに半袖で外出している人もいる。


「おはよう、春」


「なんだ青か、おはよう」


 青と一緒に登校するのは……入学式以来か。確か入学式の日はこんな感じで財布を拾ったんだったな。


それが全ての始まりだった。


 俺が青と他愛のない会話を繰り広げていると背中からゾクゾクと寒気というか冷気というか、憎悪を感じた気がした。


「なんで無視するんじゃぁあああ!!」


 その声に反応し振り向いた瞬間、胸に強烈なドロップキックを受けた俺は案の定、吹っ飛んだ。


「ぐふっ!」


 推定距離2M


 この物語に戦闘描写は一切ありません。と言いたいところだが、規格外の選手が一人紛れ込んでいるみたいだ。


「なんで無視するんですか!!」


「ごめん茉莉ちゃん話に夢中で気付かなかったよ……」


 苦笑いしながら青が答えると、茉莉はそっぽ向くように返答した。


「なら良いんですけど! ね!」


 そう言って俺たち3人は学校へ向けて歩き出した。


 入学式以来の3人での登校だ。


 茉莉はあの事件以来、本当に楽しそうだ。


 どうも性格的に1年生の中でも揉めることはあるらしい。そして毎回部活の時に青がその愚痴を聞かされている。どちらが先輩なのだろうか。


 ちなみに今日の茉莉のパンツはピンクだった。


 これを本人に言ってしまうと2発目が来るので胸の中に閉まっておく。人は成長するんだ。同じ過ちは繰り返さない……。

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