第18話 消滅

「なんで……私、なんですか?」


 驚いた表情の白山が少しの間を置いて言った


「中学の頃、俺はいじめられた経験がある。なぜだかわかるか?」


「……いえ」


 白山は口を半開きにしたまま目線を斜めに逸らす。


「小学5年だった当時の俺は周りよりも物覚えがよく先生にも優秀だと言われていて自分に自信を持っていた。そして当時の俺は自分は特別だと思い込み、よく周りに自慢話もした。しかしその自信はやがて過信に変わり、だんだんと、周囲からは飽きれられるようになった。やがて俺の周りには誰もいなくなり、それでも自分を貫いていた俺に対して周囲の意識はとうとう意識から行動に変わり始めた……。いじめられるようになったのはその頃からだ。俺はその経験から大事なことを学んだ。学校、いや社会という環境で生きていくためには自分を偽らないと生きていけないんだと」


「…………っ!」


 青が辛辣な表情で両手の拳を握りしめている。だがそれでも俺は話を続けた。


「いじめは周囲が思っているよりも辛い。いじめられた経験のある人にしかわからない孤独感、その気持ちはやがて生きることに対しての無力感になる。なぜ生きる必要があるのだろうか……そういう感情を四六時中考えるようになる。だけど俺は生きるということを諦めなかった」


「……春」


 青が俯きながら呟いた。


「白山、中学の時……お前もそうだったんだろ」


「……!」


 白山が一瞬、過去を思い出したのだろうか。

 両方の手で頭を鷲掴みにして叫び声を荒げながら苦しみ出す。


「いぃやぁあぁあああああ」


 叫び声が真っ暗な夜の公園に木霊するように響き渡った。


「思い出したくない思い出したくない思い出したくない思い出したくないぃいい!」


 白山が激しい叫びとともに息を切らす。


「過去の自分と向き合うんだ。お前なら乗り越えられる!」


「知らないよぉおおそんなのぉ!!!」


 再び白山の声が公園中に響き渡った。

 そして少しの間を置いて、春がデビル白山に寄り添うように優しく声をかける。


「自分と向き合うんだ白山」


「……」


「俺はさ、友達って何十人も必要ないって思っているんだ。クラス中の全員が敵に回ったとしても自分の味方をしてくれる友達が一人いればいい。本当の自分を理解してくれる友達が一人いれば十分なんだ」


 白山は俯いた顔を上げた。


「じゃあさ……どうすれば心からの友達と出会えるかわかるか?」


 荒れ狂っていた時とは一変して少し落ち着いた表情になった白山が一呼吸の間を置いて口を開く。


「……わからない」


「自分を『偽らないこと』だよ」


「……?」


「でもな、自分を偽ることは簡単だけど、自分を偽らないことはとても難しいことなんだ。自分を偽ることなく過ごしていると必ず敵が現れたり誰かとぶつかる。何十人何百人と出会う人たちみんなが敵で、出会う人みんなに嫌われるかもしれない……。

 それでも自分を信じて、偽らなかった時、本当の自分を受け入れてくれる友達になれるかもしれないんだ。だから白山、お前には自分らしくいて欲しい……。俺をドロップキックでふっ飛ばした時のような、真っ直ぐな白山でいてほしい」


 少しの間、沈黙が続いたが、白山がようやく口を開く。


「友達……そんなのできるわけない。……私に、友達なんて、できる訳無いんだよ」


 白山が地面を見つめ虚な表情を浮かべた。


「なに言ってるんだ白山、これだけ本音でぶつかって自分を晒しあったじゃないか。俺はもうお前の事をムカつく後輩だけど友達だと思っているぜ。」


「……!」


 白山は驚いて目を丸くした。

 

 今まで他人に本音で自分の想いを話したことが無かったのだが、いつの間にか自分の本心を伝えていたことに。そしてその本心に応えてくれる人がいることに。


 そしてなにより、本心を晒し、受け止めてくれる本当の友達がいてくれる事に。

 

 するともう1人の白山が俺と青のもとに近づいてくる。


 ……少し様子がおかしい。


「春さん、青さん、ありがとう…ござい…ます。茉莉を…よろしくね」


 消えかかったような声。


 

 するともう1人の白山の体がだんだんと薄くなっていく。

 そのことにいち早く気づいた本物の白山は消えかかりそうな方の腕を掴んだ。



「行かないでよ。消える必要なんてないじゃん! 私と一緒にいてよ」


「ううん、でもありがと……茉莉。二人の友達を…大事に…して……ね」



 やがて掴んでいた腕と一緒に白山は消滅してしまった。

 

 消える瞬間のエンジェル白山の表情はこの先しばらくは忘れられないだろう。

 これから消滅するというのが分かっていながらも笑顔で……とても嬉しそうに涙を流していたのだから……。


 白山が消えゆくエンジェル白山を見届けながら、崩れるように膝立ちになり、そのまま地面に座り込んだ。


「なんで……消えなくても良かったんだよ……茉莉……」


 白山が座り込んだまま夜空を見上げた。


「でも……ありがとね。おかげで前に進めた気がする」


 泣きながらもどこか満足した表情の白山にそっと右腕を差し出した。


「改めましてだな。俺は今成 春。趣味は読書と人間観察よろしくな……茉莉」


 茉莉。


 俺は初めて白山のことを名前で呼んだ。



「……えへへ。なんか、名前で呼んでもらうのって凄く恥ずかしいけど、それと同時にこんなにも嬉しいんですね……」


 頬を赤く染めた茉莉だが、それと同時にクリっとした瞳の中がうっすらと輝いている。


「あー、春だけ茉莉ちゃんにずるい。僕は宇都宮青、改めてよろしくね」

 

 青も負けじと、茉莉に手を差し伸べた。

 そして二人の手を取って地面から立ち上がる茉莉。


「二人とも馴れ馴れしいんだって……でも、ありがと。本当に……」 


 茉莉が強がりながら恥じらいを隠しているように見えた。そしてそのクリっとした瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちていた……。

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