第17話 偽善者

 白山が自分の名前を呼んだ『もう出てきていいよ、茉莉』と……。


 すると薄暗く周囲を照らしている街灯の影からうっすらと人影が見え、だんだんと近づいてくる。迫ってくる度に心臓が動悸する。


 街灯の灯りに照らされるように、もう一人の白山が姿を現した。


全く同じ顔、身長、見た目……。実際に同じ人間をその場で見たことがあるだろうか?

 

 ……否、あるわけがない。


 文字通り、開いた口が塞がらない。


『似過ぎ』ているというより『瓜二つ』、その言葉でも彼女を、いやこの状況を表現するには言葉の力不足だ。


 この様子を表現するならば、同一人物。それ以外無いんだ。言葉の表現はおかしいのだが、そう表現するしかない。


 なぜなら姿、形がまったく同じなのだから。

 俺は二人の白山茉莉を同時に見て驚いて開いていた口を閉じた。


「平凡も捨てたもんじゃないな……」


 役者は揃った。


「白山は入学して正式には1週間後に美術部に入部した。理由は絵を描くのが好きだったから。

 そして入部審査で描いた『一番大切なもの』だが、ある日その絵が暗色で塗りつぶされてしまった。犯人には見当もつかない……。

 なぜなら白山は真面目で学級委員長で、入学してからの短期間でクラスのみんなからも慕われていた。そんな生徒があんな仕打ちを受ける道理がない……。

 だが、その状況を作り出すために、白山本人には、もの凄い負担が掛かっていたことに本人は気付いていなかった……。

 そしてその時は来た。

 おそらく絵が完成した後くらい、白山のストレスが限界を迎え溢れ出したストレスが具現化してもう一人の白山が誕生した。そしてストレスで具現化した白山が学校に行き、本物の白山が描いた『一番大切なもの』を見つけ狂ったように暗色でその絵を塗りつぶした。

 放課後それを見つけた白山は自分の作品がぐちゃぐちゃにされたことに悲しくて崩れるように泣いた。

 ただあの時、白山が何も話してくれなかったのは既に犯人を知っていたからだと思う。

 そこに他人を巻き込むわけにはいかない白山の優しい気持ちがあったからこそ、誰にも言えなかった」


「…………っ」


 白山は俺の顔から目を逸らして唇を噛み締め黙り込んだ。


「……と、昔の俺はそう考えた」


 下を向いていた二人の白山が顔をあげ俺を見つめ首を傾げた。


「……?」


「俺は最近になって自分も少し変わり始めていると感じていた。平凡な学校生活だったが、2年生になって白山と出会い、妹が抱えている病気を知り、幼馴染に助言をもらい、唯一の友達に協力してもらい、顧問の先生から背中を押された。俺はいろんな人間と出会い成長していたんだ。そして俺の価値観が少しずつ変わっていった。固定概念を捨て、もっと自分を信じてみようと思ったんだ」


「……」


 全員があっけらかんとした表情で俺を見つめ直す。


「白山茉莉の偽善心……本当に作られたのはお前だろ」


 そう言って俺が指を差したのは『一番大切なもの』を描いた張本人の白山茉莉。


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