第13話 怪奇現症-②


「今成喜奈。……俺の妹です」




「なんだ。自覚しているじゃないか。――だが彼女の病気に心配はいらなかったよ。兄と違ってかなり精神力メンタルが強いんだろうな。『一度聞いた声が忘れられない』というのは普通の人間なら発狂するほどのストレスが溜まっていると思わないか? だが彼女はそれを自分の力に変えている。まさに天才だよ」


 喜奈は自分が病気と知りながらも自分じゃなくて親友の心配をしていた。


 見せつけてくれる……。


 俺も成長しないといけない。

 変わらないといけない。



「あいつは…喜奈の病気はなおるんですか?」


「治るさ……だがすぐには治らない。怪奇現症には全て原因があるんだ。その原因を断てば症状はおさまる。逆に原因を断たなければ、その現症は治らない」


「……そうなんですか」

「身近に発病者がいた事で、信頼度が上がったか?」


「それもあります。……それに俺も変わろうと思ったんです。固定概念を捨てて成長しようと思ったんです。可能性にゼロはない。『ありえない』なんてありえないんですよ」


 倉橋先生が眉間にシワを寄せ険しい表情で俺を睨む。


「そんな簡単に人の話を信じていいのか? さっきまで『あり得ない』と言っていたじゃないか」


 たしかに信じがたい話だが、正直今は『怪奇現症』なんて病気はどうでもいい。

 白山を助けたい。喜奈を守りたい。苦しみから救いたい。ただそれだけが俺を突き動かす。


「仮にその『怪奇現症』という説が間違っていたとしてもまた考え直せばいい。とりあえず今は前に進まないといけない。前に進まないと何も変わらない、白山を助けられない」


「まさしく青春だな。……今成と宇都宮、二人で彼女を救ってあげなよ青春コンビ」


「……青春コンビ」


 そもそもどうやって白山を救うのか……。

 倉橋先生の話を踏まえると『怪奇現症』によって白山茉莉は二人いる。それにいじめの可能性も捨て切れた訳では無い。


 普通に考えれば本物の白山の悩みを解決するともう一人の白山が消滅すると思うのだが、どうだろうか。


「ところで白山を救うって言ってもどうやったら救えるんですか?」


「そこは君たちで考えなよ。君には優れた直感と鋭い観察力があるだろ。宇都宮は、情報収集や情報処理のIT担当だろ」


 なぜこの人はたまにしか部活に顔を出さないのに俺たちの事にこんな詳しいんだ。倉橋先生が一番のミステリーだ。


「……わかりました。俺たち二人で女の子の一人くらい救えるってことを証明してみせますよ」


「ふぅ……青春だな。これだから先生はやめられない。あーそれと今成、入部審査の件忘れるなよ。今日は無理だが後日職員室に来い。パワハラがどういうものなのか教えてやる」


 指をポキポキ鳴らす倉橋先生はまるで極道そのものだ。絶対に逃げ切ってやる。


 俺は倉橋先生との話を終えて勢いよく部室を出てどこにいるかわからない青の元へと向かった。





 怪奇現症……未だに信じ難いのだけれど、俺が知らなかっただけで日常的にいろいろな場所で発病している人がいるのかも知れない。


 喜奈のように。


 喜奈の場合それを病気と知らなければ、もしくは認めなければただの天才だった。

 だが喜奈はその悩みを先生に打ち明けた。そして兄である俺に打ち明けてくれた。本人にも病気の自覚があるのだろう。


 その自覚を誰にも言えず独りで抱え込んでいる人もいるのだろうか……白山がもしそうだったとしたら……急ごう。


 廊下を急ぎ足で歩きながらスマホから青に電話をかけようとホームボタンを押して携帯のロックを外した。電話のアイコンをタップして数少ない連絡先から青をみつけた時、廊下の角から飛び出てきた生徒に勢いよくぶつかった。


「いっ!」


 相手が勢いよく吹っ飛び尻もちをついた。そして吹っ飛んだ生徒は俺の顔を見ずに呟いた。


「いったた。ながらスマホは危ないって…」


「ちょうどよかった。探していたんだ」


 ぶつかった相手は青だった。


「そうだったのかい? 僕もちょうど茉莉ちゃんの聞き取りが終わったとこだよ。それよりもさ、ぶつかったことに対して謝らないのかい?」


 青はムスっとした表情で謝罪を求めている。


「残念だが今はそれどころじゃないんだ。部室に倉橋先生がいるからその情報も踏まえて今後の対策を決めよう。謝るのはそれからでも遅くはない」


 青は眉毛をハの字に曲げ汚れを払うように制服を叩いている。


「今後の対策?」


「ああ。どうやら俺が思っていたよりも事は複雑で退屈しない事件になりそうだ」


「なんだか楽しそうだね春」


 楽しそう……か。


 確かに退屈で平凡な毎日を過ごしていた俺の固定概念が根底から覆されそうにっている。しかし今のこの状態が楽しい、確かにそう思う。


 価値観が変わっていく……。早く結末が知りたいと思う今のこの気持ちは、きっと好奇心なのだろう。



 俺と青は夕焼けで赤く染まる校舎を急ぎ足で部室へと戻った。




 部室に到着するとそこに倉橋先生はいなかった。正確に言えば、既に立ち去った後だ。不用心にも部室の鍵は空いており、書き置きのようなメモが残されている。


 青がその書き置きを見つけると手に取って内容を読み上げた。


「親愛なる美術部員へ。先日の出張先でトラブルがあったため引き返すことになった。またしばらくは部活に顔を出せそうにない。部長の顔を見て少しは安心したよ。今回の件で顧問として一言、固定概念を捨てて柔軟に生きろ。生き方を決めるのは自分自身だ。……だってさ」



 書き置きの内容を聞いて黙り込んでいる俺に青が問いかけた。



「ねえ春、ここで倉橋先生と話したこと、教えてくれないかい?」

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