第12話 怪奇現症-①

「いいから聞かせてくれ」


 と急かすように話を煽る倉橋先生。


「……わかりました。白山と出会ったのは入学式の日の登校中でした。道端に財布が落ちていたので交番に届けようとしたところ彼女に泥棒扱いされて、いきなり飛び蹴りされました。今でも少し痛みます」


 少しは反応するだろうと倉橋先生の顔色を伺っていたのだけれど一切表情を変えず俺を凝視している。



「……それで?」


 倉橋先生が低い声で説明の続きを要求する。


「誤解を解いて学校まで案内しました。初日のエピソードはこのくらいですかね」

「彼女の印象はどうだった?」


「はっきり言ってめちゃくちゃです。見ず知らずの人間に飛び蹴りなんてしますか普通。学校まで案内している時も話をしていて思ったのは、正直で真っ直ぐで活発的って印象でした」


「……」


 無言ということは続ければいいのか。


「それから彼女が美術部に入部希望で来ました。どうやら絵を描くのが好きだったみたいで、入部審査も見事合格して入部しました」


 俺の言葉を聞いた倉橋先生がさっきよりも呆れた顔で睨んでいるのが伝わってくる。


「……お前達は入部審査なんてしているのか?」


「あっ……入部審査といっても持ち物検査見たいな感じですけどね……」


 ……うっかり口を滑らせてしまった。今すぐにでも自分の舌を切りたい。苦し紛れの言い訳が持ち物検査というのも余計に恥ずかしい切腹したい。



「この件が片付いたら覚えておけよ」

「……はぃ」


「その時の彼女の印象は?」

「えーっと、最初は常に喧嘩腰で、俺とはよく言い争いをしていたんですけど、日を増すごとに大人しくなっていったので、その時は高校生としての自覚を持ち出したのかなって思いました」

「……なるほど。続けて」


 日も傾いてきて美術室に夕日が差し込むと同時に倉橋先生の表情も少し明るくなってきたような気がする。


「事件が起きたのはそれから数日後でした。さっきも話した通りこの有様です。そして今日、白山からは欠席の連絡があったんですけど、ついさっき廊下で遭遇してビックリしました。まぁ俺は警戒されているから無視されたんですけどね……」


「本当に彼女に会ったのか?」


 予想外に少し驚いた表情をみせる倉橋先生。


「あれは間違いなく白山でした。あ、それと宇都宮が彼女を家に送り届けた時に彼女のお母さんと話をしたらしくて、どうやら彼女の家は父親を事故で亡くしてから、年の離れた三つ子の弟達の面倒をみながら母の稼ぎと姉である彼女の家事で成り立っているみたいだったんですけどそういうのって学校側から助けられないんですかね?」


「ああ、その件は私が引き受けよう。母子家庭なら学校からいくらか補助がでるはずだ。そして彼女、白山茉莉は君たちが救ってやれ」



「……え?」


 君たちが救ってやれとは……いじめの犯人を見つけ出せってことなのだろうか。

 

 倉橋先生が組んでいる脚を組み替える。



「今成、お前は今回の事件をどう見ている?」


「……犯人の動機はわかりませんが、いじめで間違いないと思っています。そして彼女はいったい誰にいじめられているか、犯人を探し出さないと何も解決しません」


 俺は白山の絵画に対しての憤りを言葉で表した。すると倉橋先生はそんな俺を不思議そうな目で見ている。


「ではなぜ、この絵がいじめの仕業だと断言できる?」


 倉橋先生は白山が描いた絵を再び眺める。


「断言はできませんが可能性が一番高いからです。というよりあいつの性格からして、それ以外の可能性が低過ぎると思います」


 倉橋先生が『ふぅ』と軽く息を吐いた。


「だとしたら今成、お前の推理はここまでだ。お前はここに来る途中、職員室の近くで休みだと思っていた白山を見たと言ったな……?」


「ええ、間違いなく白山でした。無視されましたけど」

「でもな、今日は学校に白山から直接『お休みします』と連絡が入っているんだよ。実際に授業にも出ていないと他の先生も言っていたからな」


「えっ……?」


「もし、白山茉莉が二人いるととしたら今成、お前はどう思う?」


 白山が2人? ありえない。『双子』ならありえる。でもわざわざ隠すことではない。それとも知られたくない秘密でもあるのか。まさか入れ替わって学校に行ったり……。



 白山双子説が出てきたせいで色々な思考が交錯する。こればかりは俺の力ではどうにもできん。


「白山は、双子だったんですか?」


「ご存知の通り年の離れた3つ子の弟がいるらしいが、彼女は双子ではない」


「……じゃあなんで白山が二人いるとしたらって平然とこの状況で冗談を言ったんですか」


「冗談ではないよ。これも可能性だ」


「そんな可能性があってたまるか!」


 真面目に考えている最中に冗談を言われたことが気に障ってしまった。俺は少しばかりか熱くなってしまったみたいだ……。


 倉橋先生は俺が少し冷静になったのを見計らい、組んでいる脚を逆方向に組み替えた。


「お前は世の中のあらゆる物事を決めつけていないか? これは絶対にこうだとか。これはこうあるべきだとか。白山茉莉が二人いたらおかしいのか?」


 おかしいだろ。

 ありえない……。


 倉橋先生は腕を組んでから話を続ける。


「社会人の私に言わせてみれば、多様性の現代は常に変化し続けている。そしてその変化の速度は年を重ねるたびに加速している。

 何が言いたいか、結論を言うとだな……今の時代に固定概念は無価値だということだよ」


 固定概念……。

 耳浦羽流の言葉が脳裏をよぎる。

『固定概念はいずれ身を滅ぼすよ』


 彼女はそう言っていた。まるで未来を見透かしているかのように。

 ……確かに倉橋先生の言う通りなのかもしれない、時代の変化はものすごく速い。落ち着いて物事を見極めていないのは俺の方だったのかもしれない。


 そして倉橋先生が俺の目を見つめながは話を続ける。


「お前たちのような若い人間にはエネルギーが有り余っている。運動したり食べたり寝たり考えたり。エネルギーの使い方は人それぞれだ……。 例えば一生懸命に100mを走れば足腰にエネルギーが消費される。一生懸命勉強をすれば脳にエネルギーが消費される。

 では悩みや、ストレスにエネルギーを消費するとどうなるのか考えたことはあるか?」


「悩みやストレスにエネルギーを消費する……?」


「お前たちのような思春期の強い想いやストレスは、限界を越えると稀に能力ちからになることがあるんだ。私はその身に起きる現象のことを『怪奇現症』と呼んでいる。少し変わった一種の病気のことだよ」


 ……怪奇現症。

 

 そんなことあるはずがない……。


 『固定概念は身を滅ぼすよ』




 いや待て。


『あるはずがない』と言うこと事態が固定概念なのか……だとしても。


「……そんな話、信じられませんよ」


「そうか……。君には少し期待していたんだけどな……」


 倉橋先生は再び白山の絵を眺め赤色のメガネを指で触った。


「なら実際にその病気はどんな症状なんですか? 答えられますよね?」


 倉橋先生は俺の問いに対して「おや?」と不思議そうな顔で俺を見つめた。


「君の身近にもいるだろう。発病者が……」


「……発病者?」



『私、天才だから』



「つい先月のことだ。発病したと思われる一人の少女のもとに行ってきた。どうやらその子は『一度聞いた声が忘れられない』という症状だったよ、名前は確か……」




「今成喜奈。……俺の妹です」


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