第11話 美術部の顧問
昨日の事件から一夜が明けた。
中庭の休憩所から少し離れたところにコンクリートで作られた階段がある。その階段の2段目に青と二人で並んで座り、弁当を食べていた。
「白山の様子はどうだった?」
「特に何も答えてくれなくて悲しかったよ。もしかしたら僕か春が犯人だと思われているのかもしれないね」
青が弁当を食べながら
「俺が白山の立場ならそう思うだろうな」
「僕も。それで気になることなんだけどさ、家に着いたら茉莉ちゃんのお母さんに遭遇しちゃって、少し話をしたんだよね」
「ふむふむ。それで?」
青は白山の家に行ってからの一部始終を俺に話してくれた。――白山は長女として、まだ小さな弟たちの面倒を掃除や洗濯をしながら、毎日ほぼ一人で見ているらしい。まだ15歳の女の子が……。
「びっくりだな……。まるでどこかのプリンセスだ」
「僕も聞いた時はビックリしたんだけどね、帰り際にお母さんと話をしていると昔はそうでもなかったらしい……」
「どういうことだ?」
「昔は今みたいに掃除や洗濯みたいな家事はたまにしかしてくれなくて、よくお母さんとも意見が合わなくて揉めたりしたらしい……。それよりも強気な性格というか自分の中に一つの軸をもっていて、負けず嫌いというか頑固というか……とりあえずブレない性格だったと言ってた。そして何がきっかけかわからないけれど、変わったって」
変わった……。
今の自分のままじゃ、ダメだと思ったのだろうか……。
「思春期とか?」
「うん、僕も思春期かと思ったんだけど茉莉ちゃんのお母さん
……急に。
何かをきっかけに人は成長する。
それは別におかしなことじゃないのだと思う。その何かさえ起きなければ、一生その場で足踏みをして成長できない人だっている。むしろそのきっかけがあって良かったんじゃないかとさえ思った。
食べ終わった弁当をきれいに包みに片付けて教室へ戻ろうと重い腰を上げた。
青も立ち上がり、ポケットからスマホを取り出し画面を見つめる。
「あ、ちなみに茉莉ちゃん今日は部活も学校も休むってさ」
「そっか……。来週には出てこられるといいな」
連絡先をちゃっかり交換しているあたり青は俺よりしっかりしている。そういう抜かりないところが頼りになる。
いつ連絡先を交換したかは知らんけど……。
放課後、授業が終わるチャイムが鳴った。
いつもと何も変わらず、部室に向かうために机上の整理をして勉強道具を適当に鞄に放り込みチャックを締めると青が俺の肩をノックした。
「ごめん春、今日は部活休ませてもらうよ。茉莉ちゃんの事で1年生の知り合いに聞き取りしにいくから」
「おっけ」
今日は久しぶりに青と別行動だ。
俺は俺でなにか手がかりを探そう。
そして昨日の出来事について順を追って整理し思考を巡らせながら一人で職員室に向かい歩いていた。職員室は2階にあるため階段を登り、目の前に職員室が見えてきた。
するとキュッキュッと内ばきの足音が聞こえてくる。
足音に反応するかのようにゆっくりと顔を上げると何やら見覚えのある女子生徒が廊下の反対側から歩いて来るのが見えた。
俺は自分の目を疑った。
……そんなはずがないと。
昼休みに青から今日は休みだと聞いていた……。
見間違いだろう……。そう考えている間にだんだんと距離が縮まっていく。こちらを見向きもしないその女子生徒を俺は知っている。
そして女子生徒が俺の横を通り過ぎるのを立ち止まって見続けた。
こっちに気付けと言わんばかりに凝視したが気付かない。もしくは気付いていないフリなのかもしれない……。
茶髪で肩にかからないくらいのショートヘア、目はクリっとしていて何より小柄である……紛れもなく白山茉莉だ。
俺の存在に気づいていないのだろうか。それとも昨日の一件で俺を警戒しているのだろうか……。それよりも学校に来れるぐらいまで回復したのが不思議なくらいだ。
そして白山はこちらを見向きもせずに俺の真横を通り過ぎていった。
「しらやま!」
すると彼女の足がピタッと止まった。
「もう体調は大丈夫なのか? それより学校休んだって聞いたけど……」
その質問にピクリと反応するがこちらを見向きもせずに白山は止めた足を進めて再び歩き出した……。
「シカトかよ」
やはり俺は犯人として警戒されているのかもしれない。
俺の言葉に全く反応を示さずに姿まで消えてしまった。信頼されていない自分が情けないと思い部室へと向かった。
職員室に鍵を借りに行くと鍵かけに美術室の鍵がかかっていない事に気付く。そして先程の白山の存在が脳裏をよぎる。
もしかしてあいつ部室に……急ごう。
美術室につくとやはり鍵は開いている……。
つまり、白山は部室に……。
廃れたドアを勢いよく「ガコンッ」とスライドさせ部室の中に入る。するとそこには、背もたれのついた椅子に座り、暗色でぐちゃぐちゃに塗りつぶされた白山の作品を眺めている人物がいた。
細身で長身、ボサボサの長い髪、そして赤色の眼鏡に純白とは言い難い霞んだ色の白衣は間違いない、あの人だ。
「倉橋先生!」
「やぁ今成か。遅かったじゃないか、待ちくたびれたよ」
月に一度すら部活に顔を出さない神出鬼没の美術部の顧問、倉橋先生だった。
「今週はずっと出張だって聞いていたんですが……?」
「それよりも今の状況を説明してくれ、詳しくな」
女性から『品格』という言葉を抜き取ったかのような男勝りな喋り方。だがこの人のこういうところは嫌いじゃ無い。
「……逆に倉橋先生はどこまで知っているんですか。今回の事件のこと」
「そんなことはいいから今までの状況を説明しろ、今成」
「それハラスメントでは……?」
こちらの質問には聞く耳持たずだ。
いつものことだから気にはしてないが、科学者ってのはみんなこうなのか……。
「先週から白山って子が入部しました。そして昨日の放課後、掃除が終わったタイミングで宇都宮が急いだ様子で俺を探しに来たんです。そして宇都宮から話を聞いて部室に来てみると彼女が描いた絵がこの有様でした。俺が部室に来た時には彼女はすでに泣き崩れていたんです……」
「……違う」
倉橋先生は俺の顔を呆れた目つきで凝視している。
「なにが違うんですか?」
「彼女と出会ってからの今までを聞かせて欲しいんだよ」
「……それに何の意味が?」
「いいから聞かせてくれ」
質問の意図が読めなかった俺は倉橋先生の指示通りに現状を洗いざらい説明した。
そして返ってきた言葉に衝撃を受けた……。
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