第9話 2人の天才
「……え?」
青は再び驚いた表情で俺の目を見つめる。
「白山茉莉は、俺たちの後輩だ」
もはや他人ではない。これから先、同じ部活をしていく俺たちの後輩だ。放って置けるはずがないんだ。
「春も先輩になったって感じだね。わかったよ、そこまで言うなら調べる。僕の必殺技『ブルーネットワーク』で」
「いきなり厨二っぽいんだけど、少し前の喜奈みたい」
青が冗談混じりにニヤついている。
街灯の数も少なくなり、屋内の灯りだけがチラホラと見えている。
「喜奈ちゃん元気にしてる?」
「相変わらずだよ。……この前さ、両親が二人とも旅行に行っていたから久しぶりに二人きりで話をしたんだけど、あいつはあいつでいろいろ悩みがあるとか言ってたな。自分のことじゃなくて他人のことでだけど」
「まさに思春期だね。でも人の悩みの9割以上は対人関係によるものって言われてるんだよ」
青の顔が暗くなった夜道の街灯にうっすらと映える。
「9割以上ってほぼ全部じゃ……?」
「そう。9割以上の悩みには他人が絡んでいる。まぁ詰まらない雑学だけどね。それで喜奈ちゃんは何に悩んでいるの?」
俺は誇らしげに右手の人差し指を立てた。
「あいつって天才じゃん?」
「まぁ確かに天災だったね、何回か殺されかけたよ……」
青は過去の喜奈を思い出して青ざめた顔をしている。
喜奈はとてもしっかりしているように見えるが去年まではどこにでもいる厨二病の女の子だった。青は俺の家に遊びにくるたびに喜奈の実験体にされていたのだ。恐らくはそのことを思い出したのだろう。
「そっちの天災じゃないぞ……確かに去年までは自分で刀を作ろうとしていたけど厨二病は中学2年と同時卒業している。––––それであいつが天才って呼ばれる理由なんだけど、喜奈は一種の病気らしいんだ」
青が首を傾げ、斜め上を見上げた。
「……なんて病気?」
「病気の名前は聞けなかったらしいけど『一度聞いたことは忘れられない』って症状らしい。音楽や雑音じゃなくて人の声が…。だから一度授業を受ければその内容は忘れることなく、完璧にインプットされる。まさに怖いくらいの天才だよ、あいつは」
「確かに……怖い病気だね」
青は俯きアスファルトの地面を凝視した。
「それで喜奈のやつ、学校の先生に相談したんだ。そしたら次の日に別の学校から白衣の先生が来て『時間とともに解消する』みたいなことを言って帰ったらしい」
その話を聞いた青がゆっくりと夜空を見上げる。
「……不思議なこともあるんだね」
「俺と全く一緒な反応するなよ。まぁでも悩みって言うのはその病気の事じゃなくて、親友の若宮詩那って子の事なんだけどな」
その名前に青の眉がピクリと動く。
「若宮詩那って海星中学の最強ツートップ『シナキナ』の片割れの若宮詩那?」
「そう。ってお前も知ってるのかよ」
しんみりした雰囲気が一瞬で変わった。
「知っているも何も、この辺の学生だったら『シナキナ』を知らない方が珍しいよ」
「あいつらってそんなに有名なのか?」
いつも青と別れる交差点に差し掛かり青が歩く足を止めた。
「そういう情報には疎いよね、春は」
「……まあ。それで若宮詩那がテストで満点を取らなければいけない。という周りからの押し潰されそうなプレッシャーに辛い思いをしながら闘っているのが、見ていられないって言ってたな。だから今度はわざとテストで間違えてやるとかなんとか……」
あっ……。
言ってしまった後で気づいたんだけど、喜奈には誰にも言うなと念を押されていた。……まぁ青なら大丈夫だろう。
「天才も大変なんだね……きっと僕たちみたいな凡人には思いもしないような悩みと闘かっているんだよ」
……天才。
若宮詩那は天才なんかじゃない。ただ親友と肩を並べていたいと思っている一人の努力家の女の子……。
「じゃあ僕はこっちだから。あ、茉莉ちゃんのこと何かわかったら連絡するよ」
そう言い残した青は細い路地にテクテクと消えていった。
それから数日が経ったある日
放課後のチャイムと同時に退屈な授業が終わり、上の空になって机の上でぼーっと窓の外を眺めていた。そういえば今日は掃除当番だったな……。
面倒ではあるが教室の掃除をしないといけない。クラスメイトが部活にいくため教室からぞろぞろと姿を消していく。俺は勉強道具をカバンの中に放り込んで立ち上がった。
そして掃除当番で居残った俺を含めた5人で掃除を始める。
この中で一番楽でかつ汚れない仕事は棚の上の掃除とゴミ出しである。少なくとも俺はそう思っている。
雑巾掛けは汚れやすいし何より足腰に疲労が溜まる。美術部のする事じゃない。そして黒板の掃除は手が汚れるし制服すら汚れる可能性がある。一番のハズレだ。つまり消去法により一番楽な仕事はゴミ出しに決定される。
おめでとう『ゴミ出し』
そしてご存知の通り、ここで楽をするために一番重要なアクション、それがポジション取りなのだ。
サッカーやバスケと同じでいいポジションをとれば例え能力値が低かったとしても点をとり活躍することができる。掃除の場合では簡単な掃除で楽ができて、最後にゴミ出しといったアンカーのポジションも兼ね備えていることにより、一緒に掃除したみんなから感謝され、そこにやりがいが生まれる。まさに一石二鳥だ。
少なくとも俺はそう思っている。
まったく、廊下を走ると危ないというのに。
やれやれだ……。走りすぎた生徒の後ろ姿を眺めていると、ふと気付いた事がある。なにやら見慣れたシルエット……。
……青だ。
あいつがあんなに慌てているなんて珍しい。
あれは青ではない別人なのだろうと思いたかった。そして何故慌てているのか考えたくなかった。しかしあれは間違いなく青、考えないわけにはいかない。
俺は走り去っていく生徒を呼び止めようとした時、走っていた男子生徒が俺に気づいて振り返った。後ろにも目があるのか……?
そう考える暇もなく俺の元に迫って来る。
「何やってたんだよ春! 大変なんだ、急いで部室まで来てくれ」
言われなくても大変なのは見てわかる。青とは一年ほどの付き合いだが、こんなに息を切らして慌てているのは初めて見た。
「あぁ。何かわからんが急ごう」
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