第5話 入部審査

「あはは、どうも……」


 白山茉莉だ。おれに初見でドロップキックを2発も決めた、文字通り初見殺しの女の子。格闘センスだけは2重丸をくれてやろう。


 彼女のイメージを簡潔に説明すると茶髪の外ハネショートヘア、目はクリっとしていて愛くるしい低身長、そして決まり手は水色のパンツだ……。そんな白山は少し息を切らしてるが、表情からは部活を楽しみにしていた感が伺える。


「二人とも美術部だったんですか?」


「そうだけど部室間違えてないか……ボクシングジムなら体育館の横だぞ?」


 俺の質問に対して白山の眉がピクリと動いた。


「……あーあれ? ここって財布を盗む犯罪組織のアジトだったんですか? そうだとしたら間違えていません、懲らしめに来ました」


 昨日のことをまだ引きずってやがる。


「えっと……」


「入部希望に来ました!!」

 

 この明るく元気でまっすぐな女の子……。

 ダメだ、俺じゃ手に負えない。


 すると部屋の隅で絵を描いていた青が状況を察して場を仕切るように深呼吸してから口を開いた。


「よし。じゃあ入部希望ということで間違い無いんだね。どうする春、僕は歓迎だけど部長は君だからね」


 俺の答えはもちろんノーだ。

 こんな扱いにくい動物を正式に入部させてしまうと平凡で退屈な部活が、平凡で退屈じゃなくなってしまう。だが青は歓迎しているみたいだし何か全員が納得できる方法はないだろうか……。


「入部審査を受けてもらう。 美術部はみんな入部審査を合格した優秀な絵描きの集まりなんだ。合格できれば入部を認める」


 というのはまるっきり嘘だ、入部審査なんてない。

 少しいじわるかもしれないが、今を変えたくないという俺の我儘わがままに巻き込まれてもらう。


 すると白山は質問に答えず美術室の中をうろうろと歩きだした。飾られているパッとしない絵を眺めながらぐるりと一周して青が描いている絵の前で止まった。

 青が描いた【文句の叫び】をまじまじと眺めている。



 ……終わった。

 美術部のレベルの低さが顕著に現れている青の絵だ。


 その絵を眺めながら笑みを浮かべた白山。


「……わかりました。格闘家と間違えられるのは納得いかないので、その審査受けます。受けて立ちます。合格した暁には私が部長になって、そこの『童貞』を私が卒業するまでこき使ってやりますから覚悟して下さいよね」


 小柄で華奢な白山だが態度だけは巨人族顔負けだ。

 ちなみにそこの童貞とは俺のことであるのだが…なぜバレた。 


「納得はいかんけど……。小学生レベルのお絵描きだったら不合格にするからな」


 それを聞いた白山が更にムッとした表情で拳を腰の位置で握りしめる。


「童貞って口だけは達者ですよね」


 こういうのはスルーだ。

 墓穴を掘るのが一番まずい。


「なんだ、図星ですか。……ふっ」


 あぁ……こんなに悔しいのは初めてだ。

 あとで覚えておけよ白山茉莉……。


「……よし、なら決まりだね。審査の課題だけど、その前に白山さん」


 と青が柄にもなく真面目な顔で問いかける。


「え、あはい。なんですか?」


 白山もさっきまでの舐めた態度とは打って変わって落ち着いて様子で話しかけた青に視線を送る。

 どうやら本気で受かるつもりだ。


「そこまでしてこの廃れた美術部に入部したい理由を聞かせてくれないかい? 入部動機ってことでさ」


 しばらく白山が黙り込み美術室では一瞬、静かで穏やかな時間が流れる。

 すると軽く深呼吸した、白山が決心したような顔つきで青の問いに答える。


「……まだ5歳の三つ子の弟がいます。とても可愛いんですけど3年前に交通事故で父を亡くして以来母と私で面倒を見ています。正直辛いけど弟たちは私が書いた絵を見せるととても喜んでくれて疲れなんて吹き飛びます。だから私は絵を描くのが好きなんです」


 青が頷くように何度も首を縦に振っている。


 俺や青のようになんの悩みもなく高校生活を過ごしているのとは違う。

 むしろ自分から悩みを探すくらい俺達は退屈で平凡だが、彼女には立派な信念があった。


 ……ほんと俺とは正反対だ。


「春、どう思った?」


「正直に言うと自分が惨めになってきた」


 青が俺の顔を見つめている。


「まぁ、春なりに思うところがあるって事で。じゃあ審査期限は1週間」


 白山が右手を勢いよくあげて「はい!」と言った後に質問をする。


「何の絵を描けばいいんですか?」


「なんでもいいよ。でもタイトルは僕が決める」


 すっかり青がこの場の主導権を握っている。

 青は場を仕切るのが得意だ。どう考えても部長は青の方が向いているのに。


 そして白山の問いに対して得意げのドヤ顔で青が答える。


「タイトルは『一番大切なもの』」

 


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