第3話 幼馴染

「なあ青、今日どうする?」


 放課後のチャイムが鳴り響くと同時に後ろを振り向いて青に聞いた。俺と青は出席番号が2番と3番のため窓側で座席が縦に並んでいる。


「あーごめん、ちょっと今日は家の手伝いがあるんだ」


 両手を合わせて頭を下げている。

 よくあるやつだ。青の家はITの会社を経営している。従業員が100人程度のそこそこの会社でアプリの開発やらマーケティングなど様々なことしているらしい。


「……青が社長か。もし俺が路頭に迷った時は頼むよ」


 青は苦笑いをしているが急に顔つきが変わる。


「でも僕、社長にはなりたくないんだよね。理由は色々あるんだけど、人の上に立つのが嫌なんだよ、だからかな? ……もちろん責任も取りたくないし、休みの日も仕事のことを考えてなんて、人生つまらないだろ?」


 確かにそれだと仕事が楽しくない限りは人生が楽しいなんて思わない。でも仕事が楽しいと思えれば人生はもっと楽しくなるのかもしれない。


「僕はね、キャラ的に縁の下の力持ちくらいが丁度いいんだよ。人の上に立つ人間じゃなくて、人の役に立てる人間になりたいよね」


「おお、うまい。―――まあなんにせよ手伝い頑張れよ」

「ありがと。じゃあ」


 青が小走りで教室を出ていった。

 まだ若干16歳の少年が一つの会社の業務を手伝えるというのはにわかに信じがたい。

 しかし今の時代だからこそありえる実状なのかもしれない。

 特にITに関して言えば年齢や立場はあまり関係なく、収入はスキルに比例すると言う人も多い気がする。

 それだけに青のビジネススキルは一高校生の粋をこえているのだろう。


「さて、帰るか」


 玄関で靴を履き替えた後、ドアから入り込んでくる心地よい風にさらされていると、ふと声を掛けられた。


「あ、春ちゃん」


 春ちゃん。……俺の名前をそう呼ぶのは近所で幼馴染の耳浦みみうら羽流うる、彼女しかいない。そう思って時計回りに振り返ると、そこには誰もいなかった……。


「え?」


「ここだよ」


 彼女はすでに俺の左隣にいた。瞬間移動だ。

 黒髪で常に明るい表情、まさに清楚と言う言葉をキャンバスに描いたかのような女の子だ。


「春ちゃんって後ろから呼びかけると絶対に時計回りで振り返るから、簡単に背後をとれるんだよ。ここがもしゲームの世界だったら今までに200万回は死んでるよん」


「残念だけど、ここは現実だから死にません」


「おやおや、ここが現実世界だってことを証明できるのかい?」


 ……この流れ、間違いなくデジャヴだ。


「……そんなことよりどうしたんだ?」


「そんなことより? ……せっかくだし春ちゃんと一緒に帰ってやろうと思ったのに」


 耳浦羽流。 ……彼女は昔からこんな調子だ。 

 甘えん坊っぽくて寂しがりのくせに、俺の前ではお姉さんであろうとする。変わっている。いや、今の時代では個性的というべきなのだろう。


「ああ、一緒に帰るか。どうせ暇だったし」

「暇だったのか、可哀想な春ちゃん。お姉さんが抱きしめてあげよっか。ほらおいで」


 羽流は両腕を広げて俺を抱きしめようと少しずつ距離を詰めてくる。


「誰が行くかよ」

「お姉さんじゃイケないの?」


 こいつは本当に調子が狂う。

 やはり一緒に帰るべきではなかった。


「それより羽流は今日部活休みか?」


 羽流は話を切り替えられたことに残念そうに目を逸らす。


「部活動自体はやってるけどお姉さんは休みだよ。吹奏楽部は強制的に週一日休みを取らされるからね。職の働き方改革ならぬ、部の活動改革ってやつだよ」


「へえ、変わったことやってるんだな」


 それから二人で校門を抜けて歩き出した。


 周りから見れば付き合っているカップルのような距離感なのだが、幼馴染だからか俺は全く何も思わない。思うとすれば少し距離が近いくらいだ。


 歩き出して少ししたところで羽流が眉間にシワを寄せ立ち止まる。

 なにやら起こった表情で口を尖らせているような……。


「もぅ! 春ちゃん歩くの速い。一歩がでかい。昔はそんなことなかったのにー!」


 歩くスピードで怒られたのは初めてだな。

 口を膨らませている羽流の怒りを鎮めるために話題を変えることにした。


「ごめん。―――それで吹奏楽部はなんでそんな活動方針なんだ?」


「まあ疲労回復ってのもあるんだけど・・・1日休みを取る事で、愛着がある楽器に対して寂しい気持ちになるでしょ? 早く楽器に触りたいなとか、こんな曲弾きたいなとか・・・そういうモチベーションで練習した方が効率がいいんだよ。きっと」


 きっと……。

 流羽のやつ割と他人事だけど大丈夫なのか吹奏楽部。


「ん〜まぁあれか。やる時は集中してやる。やらない時はガッツリ休むみたいにメリハリをつけるって感じか?」


「そそそ、そういう事。メリハリボディみたいなやつね」

「それはまた意味が変わってくるんだけどな……」


「じゃあここで問題。私、耳浦羽流が思う成長するために一番必要なものと一番不必要なものは、なーんだ?」


 成長するために必要なもの、不必要なもの……。


「成長の種類によると思うけど、なんのジャンルだ?」

「なんでもいいよ、勉強でも部活でも仕事でも、この際全部で!」

 

 羽流が両手大きく広げてジェスチャーした。

 なんだろうか。『メリハリボディ』とボケてくるあたり『牛乳』とか『タンパク質』って答えると正解っていわれそうで怖いのだけれど。


「……わかった。まず成長に一番必要なものは『環境』だ。勉強なら勉強道具や資料が重要で部活なら資金や機材が練習で一番必要になると思う。そして不必要なものは、おそらくモチベーションだ。その日の勉強の気分がモチベーションに左右されていたら、捗るものも捗らない。つまりモチベーションを捨てて環境を整える事が成長するために最も大事だと思うんだけど。……どうだ?」


 羽流は一瞬驚いた表情をしたが、すぐさま俯いて静かになる。


「……なるほどね。春ちゃんの答えは参考になるよ」


 おっと、いきなり正解を出してビックリさせてしまったかな。

 まぁこの問題は割と自信があった、こういうことに関しては俺も割と考える機会が多かったからな。


「つまり?」


 羽流が少しだけ間を置いてから答えた。


「……不正解」

「はっ?」


「『私、耳浦羽流が思う』って言ったのが意地悪だったのかもね。成長するために一番必要なもの、それは『好奇心』だよ。そして一番不必要なもの、それが『プライド』だね」


「……詳しく」


「じゃあまずは好奇心から。好奇心っていうのは、何かをやってみたいとか、こうしたらどうなるだろうとか、そういう一面で捉えがちなんだけど、本質的なことを言うと好奇心って物事を探究しようとする本能なんだ。つまり自分からどんどん追求していってしまう。そしてそういった気持ちが脳には快感なんだよ。嫌いなことより好きなことの方が伸びるって言うよね? 両者の違いは好奇心にある。―――例えば、春ちゃんは数学苦手だよね?」


「まあ、得意ではないな」


「でもスタートラインは多少違っていたとしても、ほとんどみんな変わらないはずなんだよ。じゃあどこで差がつくのか、それが好奇心」


「……?」


 羽流が俺の顔を覗き込みムッとした表情で話を続ける。


「……腑に落ちていないようだから例を出して説明すると、小学生の算数の授業で掛け算を勉強します。ただ、育った環境が違うのでもちろん必然的に多少の差は生まれます。そしてこの差で人間は得意か不得意かを判断してしまうんだよ。確か春ちゃんの場合、算数は悪くなかったよね。でも他の教科に比べると苦手だと感じた。……それは周りと比べたから。

 もしもあの時、周囲が春ちゃんより劣っていたとしら、おそらく春ちゃんは算数が得意だと認識していた。そしてその時、算数を得意と自覚していたら今も数学が得意だったはず。つまり得意と思う気持ち、その時の探究心こそが好奇心。最強の成長材だよ」


 長々と語る羽流はとても楽しそうだ。そして確かに言っていることはわかる。言われてみればその通りだ。


「……納得したよ。でもプライドの説明はいいよ、大体わかる」


「えー、お姉さんが手取り足取りで教えてあげようと思ったのにー」


 プライドの説明を手取り足取りって、逆に気になるんだが……。


「要するに何かに詰まったり、わからないってなった時にプライドが邪魔して聞きたい事を聞けないってことだろ? プライドに阻害されるみたいな。特に聞けるやつが年下とか自分より成績が低いやつだったら躊躇ためらったりするんだろうな」


「……残念だけど正解だね」


 俺が正解したことがそんなに残念か……。

 そして羽流が話を続ける。


「たとえ年下でも格下だったとしても誰からでも学ぶことはあるんだよ。決めつけがよくないんだ、固定概念がね」


 固定概念……。

 話に夢中になってたせいで周囲の風景も変わってきた……。

 俺たちの地区だ。


「なんだか割と深い話に着地したな」

「そう? 私は話を始めた時からこの話はここに『オチる』ってわかっていたけどね」


 ……天才かよ。


「おっこんな話をしている間に家についたよ。じゃあね春ちゃん」


「おう、じゃあな」


 羽流の家は俺の家の近所だ。幼馴染のご近所付き合いだ。

 といえば聞こえはいいかもしれないが、実際によく遊んでいたのは幼稚園の頃だけで小学校と中学校はお互い別々だった。

 高校生になってようやく同じ学校に通う事になったのだけれど、2年連続でクラスが違うためほぼ幼稚園の距離間のままだ。

 なんて昔のことを思い出している間に玄関についた。

 家に上がる前に郵便物でも確認しようと思いポストの蓋を左手の人差し指で軽く開ける……。


「誰、今の女」

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