第2話 白山まつり
「この泥棒がぁああ!!!」
勢いよく走ってくる桜吹雪に見惚れていると渾身のドロップキックを胸に受け、その衝撃で後方に吹き飛んだ。
「ぐへっ」
俺は驚きのあまり、なんともカッコのつかない悲鳴をあげ仰向けに倒れ込んでしまう。
ちなみにパンツは水色だった。
「春の門出の日に人の財布を盗むだなんて、あなたはどれだけ貧しいんですか!」
倒れ込んでいる俺の左手から勢いよく財布を取り上げ、生ゴミでも見てるかのような目つきで見下された……。
茶髪が肩にかからないくらいの外ハネで目はクリっとしているが、何より身長が小さいところが印象的だ。だけどなんなんだこいつは…。
「痛ってて、誤解だよ」
俺は両手を地面につけて起き上がりながら弁明をした。
「5回!? 財布を盗んだ回数なんて聞いてないんですよ! どうやら精神的にも貧しいようですね。せっかく
高らかに怒鳴り散らかして青に人差し指を向ける。
「ははぁ……。僕はそんな物騒なものは持ち歩いていないんだけど」
青は両手の掌を彼女に見せ、左右に振り軽く苦笑いを浮かべた。
「人の話を聞けよ、水色。俺たちはその財布を交番に届けようとしていたんだ」
「えっ! そうだったんですか、体力を無駄遣いしたじゃないですか。先に言って下さいよ。それと私の名前、水色じゃないんですけど」
どうやら彼女は気付いていないらしい。
「あ、今日から私立四木高校に入学する
にんまりと微笑む謎の少女。
何かの縁かもしれないが泥棒ではない。
「俺の名前は
白山が何かを考えるように頬に手を当てる。
「覗き魔……水色……わっ!」
俺は自分の失言に気付き「あっ」と言おうとしたが、言う間も無く彼女から強烈な2撃目を食らった。
文字通り『あっという間』の出来事だった。
何はともあれ、道案内ということでようやく学校へ向かい歩き出した。
先程のいざこざが気まずいのか、俺たち3人はしばらく無言で歩いていると白山が不意にその均衡を破ってくる。
「私、絵を描くのが好きなんです」
……なんだと?
美術部に入部することを考えているならその考えを改めさせなければいけない。と、ふと考えた。
「ちなみに美術部って部員2名だぞ。ほとんど活動もしてないし、オススメはしない」
あえて強めには言った。それを聞いていた青は両手を頭の後ろにやり俺の方を眺めている。
「えっ! そうだったんですか……」
白山は残念そうに地面を見つめた。
おそらく楽しみだったのかもしれない。でもせっかくの前向きな気持ちはもっと真面目な部活にあてるべきだ。
活動してるかわからない、それも部員が2人の美術部なんかに入部するのはもったいない。やる気の無駄遣いだ。
「それより白山は運動部じゃないのか? 体力に自信がありそうな気もするけど」
肩を落とし小さく「はぁ」とため息をつく白山。
「……私、運動音痴なんですよ。世間では運動音痴のことを略して『うんち』なんて言いますけど、残念ながらそれに該当するんです」
「そうは見えないけどな……さっきのキックだって」
「あれは不可抗力ですよ。あの状況とシチュエーションなら誰でもそうするでしょ」
「……いやどう考えてもお前だけだろ。どこの世界に初対面の人に向かってドロップキックするやつがいるんだ? ここは異世界かよ」
「じゃあ聞きますがここが異世界じゃないって証明できますか? 私が昔見た映画ではみんなが現実だと思っていたはずの世界が実は仮想世界で私たちの本体はただ夢を見せられているだけって展開がありましたけど。それでもこの世界は異世界じゃないって証明できますか?」
「……それは、ここが仮に現実だと仮定した時に別の世界に行ったという実例がない。という点からここは異世界じゃなくて現実なんじゃないか?」
「それだと説明が不十分です。まず『別の世界に戻った実例がない』って証明できないじゃないですか。仮に戻っている人がいてもこちらに帰ってこないって事もありえますよね。
つまりここは異世界なんですよ。私を中心に回っていない異世界なんです……」
……変なやつだ。
その話を青が楽しそうに聞いている。
「お、白山さん、ついたよ」
桜の花びら一枚一枚が自由に踊っているかのように流れてくる。
その先には満開から少し散ったであろう桜の木がグランド沿いに仕切りなしに並んでいる。ここが私立四木高校。
どこにでもあるような普通の学校なのだが、白山は期待とワクワクを胸で躍らせ、キリッとした表情で校舎を眺めていた。
「じゃ、俺たちはここで。一年生の下駄箱は校門から入って左側だ」
「ありがとうございます」
そそくさと走り去っていく白山を見送った。
「おもしろい子だったよね」
「すごいよな。あれだけエネルギーがあって思ったことを言えるのって」
「きっと彼女は自分に正直で真っ直ぐなんだよ」
「……まぁ、もう関わることはないだろ」
彼女の生き方と自分の生き方を照らし合わせて正反対だったと感じた。正反対だったからこそ、もう関わることはないだろう。そう思い込んだ。
この平凡な学校生活を平凡で終わらすために……。
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