アドレッセンス・ストーリー
tomis brown
第1話 アドレッセンス
「……よ、お兄。てってば。起きてよ、お兄」
寝ぼけ眼を片手で
「やっと起きた。今何時だと思ってるの! 遅刻しても知らないよ」
キリッとした顔つきで明るい癖毛の女の子が目の前に立っている。
「あー、きなか」
起きるのが遅い時はいつも喜奈に大声で起こされる。
まさに寝耳に喜奈だ。起こされたと言うことは喜奈がそろそろ中学校に行く時間なのだろう。喜奈が通っている中学は、家から少し離れた場所にあるため、俺と比べて少し早めに家を出発しなければいけない。
「私、先に行くからね」
部屋のドアが「バタン」と閉まり、もう一眠りしようと体を横に転がした瞬間、時計の針が目に入る……もう7時半か、そろそろ起きよう。
体を起こし、ふとさっきまでみていた夢が記憶によぎるが、少し名残惜しい気持ちでベッドから脱出した。
誰かに選択を迫られていたあの夢はなんだったのだろう……。久しぶりに変な夢をみた気がする。
俺はスマホを充電ケーブルから外し顔認証でロックを解除した。そして『夢 洗濯』と入力して検索する。
すると大量に出てきた洗濯物に関しての情報で自分の入力ミスである事に気付き「はぁ」と冷たいため息が漏れる。
どうやらまだ寝ぼけているようだ。
顔を洗い、歯を磨き、制服に着替え、ようやく朝食にありつけた。
と思っていたのだけれど、朝の時間というやつは思いのほか早い。授業中の5分は退屈過ぎてまるで時間が止まっているのかと錯覚するくらい遅いのだけれど、朝の5分はまるで真逆。悔しいがようやくありつけた朝食を食べる暇もなく家を出る事になった……。
「おはよう、
いつも通り通学路を歩いていると聞き慣れた挨拶が聞こえる。その聞き慣れた声の主は2年連続同じクラスになった
一年の夏頃から仲良くなった俺の高校唯一の友達で部活仲間。
家がそれなりに近いからか通学路ではたまに一緒になることがある。
「あー青か、朝から元気そうだな」
青が両耳からワイヤレスイヤホンを外して、パチンとケースにしまった。
「今日から僕たちも2年生だけど、春はもう進路とか決めた? そう言えば春って『やりたいことなんてありません』って言って担任の先生に指導されてたよね」
青が冗談混じりに笑いながら話す。
……やりたいことなんてない。
その理由は単純で明解。高校生の俺たちには、まだ何もやれることや出来ることがないからだ。そもそも【やりたいこと】なんていうのは、大人が若者を働かせるために作った言葉に過ぎない。社会に出ていろんな経験を積み、出来る事が増えてくればそれがやり甲斐に繋がる。
大人がよく言う『やりたいことを見つけなさい』という言葉は、自分たちが果たせなかった夢を、子供に対して押し付けているだけに過ぎないのだから。
……と、少なくとも俺はそう考えている。
「……まったく。別に俺はやりたい事とかないからな」
「相変わらず冷めてるね、名前に負けてるよ春」
……宇都宮青、こいつも言うことが相変わらずだ。
だれとも関らず、高校生活を無事に卒業してバイトでもして生きていこうと考えていたが、宇都宮青がそうさせてくれない。
だけどこういうのも悪くないと思う自分もいる……。
いつものように青と会話しながら学校へ向かっていると歩道の真ん中に【女の子っぽい財布】が落ちていることに気がついた。
「あ、財布だ」
「ちょうど通り道に交番があったよね、そこに届けようよ」
左手で財布を拾って大事そうに抱えた。
【女の子っぽい財布】というのも淡いピンク色でエナメル質だったため、俺が思い込みでそう判断したに過ぎないのだけれど、もしかしたらおばあちゃんの財布かもしれない。
いや、それを言うなら男性の財布の可能性もある。一概にこれを女の子の財布だと断定するには情報が少なすぎるんだ。
この多様性の時代においては特にそうだ。
そう考えながら青と二人で交番に向かっていると反対側から歩いてくる人影が見える。
「ねえ春、あれうちの制服だよね?」
その質問に対してその人影を睨むように見つめながら頷く。
「あぁ。だけど見ない顔だな、新入生……かな」
近づいてくる影からはだんだんと勢いが増し、10m程の距離まで迫った頃にはその影はまるで桜吹雪のように走り出していた。
「え?」
「この泥棒がぁああ!!!」
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