閑話 法番兵ケヴィン・アダムス
「……なんで俺、王宮に呼び出されたんだ?」
ソレイル王都――王宮。
その一室で、法番兵ケヴィン・アダムスは首を傾げながらソファに座っていた。
法番兵とは、基本的に裁判所などに務める兵士のことだ。法治国家であるソレイル王国では、どのような立場の人間であっても法に則って裁かれる。仮にそれが王族であったとしても、法の元には平等であると決まっているのだ。
しかし、裁判を受ける人間が全ておとなしく沙汰を告げられるというわけではない。少なからず抵抗をする者もいるし、反抗する者もいる。そんな裁判の場において、守護を務めるのが法番兵の仕事だ。
今日もいつも通りに、ケヴィンは高等裁判所での警備を行っていた。
しかし突然、何故か王宮から呼び出しがあったということで、来たわけだが。
「何かやらかしたか……? 心当たりねぇけど……」
入り口の衛兵に名前を告げて、案内されたのがこの部屋だ。
恐らく、簡易な応接室のようなものなのだろう。ソファに座って待てと言われたから、その通りに従っているのだが。
出されたお茶を一口飲んで、溜息を吐く。
「ん……」
「待たせたな」
そしてようやく、扉が開いて入ってきたのは、若い男性。
その姿に思わず、ケヴィンは驚いて目を見開いた。
何故なら、その男は誰もが知るこの国の次代を背負う男――ルークス・エーベルハルト第一王子だったからだ。
「ル、ルークス王子……?」
「君がケヴィン・アダムスか。まずは、突然呼びつけたことを侘びよう」
「い、いえ、そんな……!」
ルークスがケヴィンの正面に座り、腕を組む。
侘びようと言葉では言っているが、その視線に一切の好意は感じない。むしろ、仇敵でも見るかのようにケヴィンを見据えている。
突然王宮に呼び出され、呼び出された相手が第一王子であり、しかもなんか怒っている――ケヴィンに分かるのは、そこまでだ。
「そ、その……何故、殿下が、自分を……」
「君は法番兵だと聞いた。かなり長く務めているとも」
「は、はぁ……法番兵になって、十年ほどになりますが……」
「きみが先日、護送を担当した貴族令嬢のことは覚えているか?」
「へ……」
ルークスの質問に対して、ケヴィンは眉を寄せる。
ケヴィンは被疑者を法廷に連行し、そして法廷から然るべき場所に送り届けるのが仕事だ。当然、毎日のように護送は担当している。
だが、貴族令嬢――その言葉には、思い当たる相手が一人いた。
貴族令嬢が被疑者の裁判など、滅多にない。
「ええと……もしかしてそれは、ブレンシア伯爵家のご令嬢でしょうか?」
「そうだ。ソフィア・ブレンシアの法廷への連行、ならびにウーツベルト島修道院まで向かわせるための、
「は、はい。確かに、私が護送しました」
ケヴィンの記憶によれば、既に一月以上前のことだ。
その裁判もソフィアの隣で聞いていたが、実に奇妙に感じたものだ。証拠品だったり証言であったり、実にスムーズに進んだ。そのために、初公判から刑の執行までほとんど時間が掛からなかった。
まるで、最初から全部決まっていたかのように。
「では君は、間違いなく彼女を
「は、はい。間違いなく、見届けました」
「ソフィア・ブレンシアは現在、ウーツベルト島にいない」
「……は?」
思わぬルークスの言葉に、ケヴィンは眉を寄せる。
ケヴィンは間違いなく職務を全うしたし、そこに恥ずべきところは何もない。ウーツベルト島修道院への禁固刑――通称『島流し』の護送も、何度となくやってきたことだ。
だというのに、ウーツベルト島にいない――。
「君が、ソフィアの身を隠しているというわけではないのだな」
「そ、そんなことはありえません! わ、私は、間違いなく
「……そうか。では、そのときに何か変わったことはあったか?」
「変わったこと……?」
ケヴィンは首を傾げる。
だが、変わったことといえば確かに、思い当たることはある。
「はぁ……あの日、フランクさんが妙に疲れていた気はします。転送を終えてから、普段は普通に業務に戻るんですけど、頭が痛いと言ってそのまま引っ込んでしまいました」
「……ふむ」
「その……私はこれ以上、何も分からないのですが……」
「フランク・クラインは、半月ほど前に亡くなった」
「……え」
思わぬルークスの言葉に、ケヴィンは目を見開く。
「君がソフィアを護送し、転送を頼んだ翌日から、頭痛が酷くなり倒れたそうだ。そこから意識が戻らず、そのまま亡くなったと聞いた」
「……そんな」
「今は、クライン侯爵家の別の者が瞬間移動を担当しているそうだが……まぁ、それは関係のないことだ。だから今、実際に転送を担当したフランクから、事情を聞くことができない」
「……」
「だから、君に事情を聞いている。あの日、他に何か変わったことはなかったか?」
ケヴィンが覚えているのは、実際にフランクが瞬間移動を行ったときのこと。
妙に脂汗をかいて、思い切り歯を食いしばり、どうにか済ませたといった様子だった。手慣れているはずの瞬間移動で、何故そこまで疲労するのかと疑問に思ったものだ。
そのとき、彼が言っていたのが――。
「……フランクさんが、転送を行うときに」
「ああ」
「その……重い、と言っていました」
「……」
「いえ……それほど、体格の良い女性というわけでもなかったので、変だなとは思っていたのですが……」
「なるほど」
はぁ、とルークスが溜息を吐く。
何か思い当たる節でもあるのか、「そういうことか……」と小さく呟いているのが聞こえた。
そしてルークスは、改めてケヴィンを見る。
「それから、これは他の者の証言から聞いたことだが……君はソフィアを連行するとき、髪を掴んで無理やり連れて行ったそうだな」
「えっ……」
「無論、法番兵が手荒な犯罪者を相手にすることも多々あるし、多少荒く連行することもあるだろう。だが、ソフィアは抵抗など全くしていなかった。君は法番兵だからといって、罪人に対して何でもしていいわけではない。それは分かっているな」
「い、いえ、それは……」
鋭く、ケヴィンを見据えるルークス。
その視線に思わず、ケヴィンの体に震えが走る。
「お前が髪を掴んで連行したのは、僕の婚約者だ。沙汰は追って伝えられるだろう。覚悟しておけ」
そしてルークスは怒りに満ちた眼差しで、断罪を告げた。
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