第10話 vsユニコーン

 さてさて。

 何故か臨戦態勢バリバリなユニコーンが、私を睨み付けています。

 私、本当に清らかな乙女なんですよ。ルークス王子の婚約者ではありましたけど、今のところ閨を共にしたことはありませんし。というか、そういうのは結婚してからですよね。中には火遊びをしている人もいますけど。

 まぁ、そういうわけなのですが。

 ユニコーンは清らかな乙女だけを背中に乗せる、というあの伝承、本当は嘘だったのでしょうか。実際のところ、魔物は大陸にいなかったので真実かどうか分からないんですよね。


「ブォォォォォォォッ!」


 ユニコーンが激しくそう息を吐くと共に、角の先端を私に向けてきました。

 馬の突進って、普通に考えたらめちゃくちゃ痛いですよね。普通の馬でさえめちゃくちゃ痛いのですから、角のある馬の突進なんて想像したくもありません。

 そして完全に、私を敵だと思っております。私、別に悪いことはしていないんですけど。

 あ、もしかして。


「えーと……ユニコーンさん?」


「ブルルッ……」


「私は、あなたがレーベを食べるのを、邪魔しようと思っていません。私が邪魔でしたら、すぐにどこかに行きます。ですから、落ち着いてはもらえないでしょうか」


「……」


 まず両手を挙げて、敵意がないことを示します。

 その上で、私は考えました。ユニコーンとは馬です。馬ということは、恐らくここにレーベの実なり草を食べにやってきたのでしょう。少なくとも、私はユニコーンの捕食対象というわけではないと思います。

 ならば、何故私をこれほど敵視しているのか。

 恐らく、自分たちの餌場を荒らされていると考えたのでしょう。私をここに連れてきたのはダックスですが、見慣れない相手がいる、みたいな。

 私としても、無駄な戦いをする理由はありません。乗れる魔物を仲間にしたいと思っていましたけど、それは私に敵意を抱いていない相手です。

 ここで私が去ることで一件落着するのならば、それが一番ですよ。


「ブォォォォォォォッ!!」


「駄目なんですか?」


「オォォォォォォォッ!!」


「仕方ありませんね」


 ですが、ユニコーンは。

 そんな言葉など一つも聞くことなく、私に向けて突進してきました。

 まぁ、そもそも言葉が通じないことは分かってますけどね。

 無駄な争いは、あまり好まないのですが――


《発動――無限収納インフィニティストレージ

《第九収納庫インベントリ――属性エレメント:その他――分類カテゴライズ:その他》


 ――それほど死にたいと仰るなら、お望み通りに。


「ふんっ!」


 私が第九収納庫インベントリから取り出すと共に、目の前に現れたのは。

 巨大な岩。


「ヒィンッ!?」


 真っ直ぐに突進を仕掛けてきたユニコーンが、思い切り大岩に激突しました。

 ボキンッ、という音が聞こえてきましたけど、何か折れたでしょうか。ああ、多分角ですね。

無限収納インフィニティストレージ》の中に再び大岩を仕舞うと共に、ぴくぴくと倒れて痙攣しているユニコーンの姿が見えました。


「ふぅ」


 この島に来てから、《無限収納インフィニティストレージ》の中に収納した大岩です。

 とりあえず壁さえ作ることができれば、敵の攻撃を一度は防ぐことができますからね。そのために収納して、いざというときすぐ出せるようにしておいたのです。

 私の身長の軽く倍はある高さに、同じ横幅の大岩です。ユニコーンの突進を真正面から喰らって、全く揺るぎませんでした。


「さて、大丈夫ですか、ユニコーンさん」


「ウ、ウゥ……!」


 ユニコーンが、ぴくぴくと体を震わせながら、頭を上げます。

 その角は、根元からぽっきり折れています。血は出ていない様子ですね。ですが見た感じ、角以外にはそれほど外傷はなさそうです。

 恐らく角から先に大岩に当たって、角が折れて、その衝撃で倒れてしまったといったところでしょうか。


「ブルルッ!」


「おや、まだやる気ですか」


「ブォォォォォォォォッ!!」


 震える足で立ち上がったユニコーンが、激しい咆吼を一つ。

 どうやら、まだ私に立ち向かってくるようです。思いっきり岩にぶつかったのですから、このまま逃げればいいものを。

 強く大地を蹴り、再び私に向けて突進を仕掛けてきました。

 直線攻撃ばかりなので、その軌道も簡単に分かります。


《発動――無限収納インフィニティストレージ

《第九収納庫インベントリ――属性エレメント:その他――分類カテゴライズ:その他》


 再び、私とユニコーンの間に現れる大岩。

 学習能力がないのか、岩に再びユニコーンが激しくぶつかりました。しかも今回は角が折れてしまっているので、全身が激突したようですね。ちょっとだけ岩が揺らぎました。

 再び《無限収納インフィニティストレージ》に仕舞うと、先程と同じくユニコーンが倒れているのが目に入ります。ぴくぴく痙攣して、前脚の片方があらぬ方向に曲がっていますね。額からは血も流れています。

 これで戦意を喪失してくれたら助かるのですが。


「ウ、ウゥ……!」


 ユニコーンが、私を睨み付けます。

 そして立ち上がろうとして、足に力が入らずそのまま倒れました。もう一度、突進を仕掛けてくるつもりだったのでしょうか。

 丁度いいので、私は《無限収納インフィニティストレージ》からアイテムを取り出します。


「さて、ではユニコーンさん」


「ブルルッ!」


「こちらをご覧ください」


 目を閉じてから、取り出した本――スキルブックを出して、ユニコーンに見せます。

 足は動かないようですし、もう一度攻撃される危険もないでしょう。ユニコーンって、角以外に攻撃手段なさそうに思えますし。


「なんだい、こいつは……?」


「おや」


「ったく、なんで岩が……こいつ、何者なんだよ」


「ああ、良かったです。言葉、分かりますか?」


 スキルブックを閉じて、目を開けます。

 ユニコーンは相変わらず「ブルルッ」「ウゥッ」とか言っていますけど、それがしっかり翻訳されて聞こえます。スキルって凄まじいですよね、本当に。

 とりあえず、私は敵意のない笑顔を浮かべることにしました。


「言葉が……? 何だい、お前……」


「ひとまず、敵対するつもりはありません。それより、私に協力してくれませんか? 協力してくださるのでしたら、食べ物を差し上げます。何か食べたいものを言ってください」


「……」


 ユニコーンは、どうやらダックスよりも知的であるように思えます。

 だったら最初から、こちらへの協力を約束させればいいのですよ。代わりに私が、食事を与えることを約束するという形で。

 ユニコーンは、少しだけ疑うように私を見てから、小さく言いました。


「ああ、そうかい。だったら肉を寄越せ。あんたより美味そうなのをな」


「……」


 あー、なるほど。

 実は私、捕食対象だったみたいです。

 見た目は馬なのに、まさかの肉食でしたかぁ。

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