第9話 れーべ
「れーべ。これ。れーべ」
「ははぁ。これが『れーべ』なんですか」
拠点から暫く歩いて、ようやく到着した山の上。
そこでダックスが私に対して示したのは、鮮やかに熟している赤い果実でした。
山葡萄のような感じの、指先くらいの小さなものです。ダックスはそれを根元からむしり、口に運び、もぐもぐと食べています。何の警戒心も持っていませんので、恐らく日頃から食べているのでしょう。
ひとつ根元から千切って、匂いを嗅ぎます。どことなく酸っぱい感じはしますが、匂いは果実のそれですね。
「ふむ……ダックス、美味しいですか?」
「うん。れーべ、おいしい」
「クッキーとどちらが美味しいですか?」
「くっきー」
「そうですか」
自然は、人の叡智には勝てなかったようです。
まぁ、美味しさを追求して作られたお菓子と、自然にできた果実を比べるのが間違っているということでしょう。
もぐもぐとダックスが『れーべ』を食べ続けています。
何故、これ『れーべ』という名前なのでしょうか。
「ふむ」
私は手元の『れーべ』に対し、スキルを発動します。
スキル《
日持ちのしない食品なので、第一
レーベの実
山で採れる果実。ほのかな甘みがある。毒なし。
なるほど、レーベの実という名前なのですね。
誰がこの名前を決めたのかは分かりませんが、毒はないようです。助かりますね。スキル《鑑定》ほど詳しく分かるわけではありませんが、毒の有無を判別できるのは便利です。
拠点からさほど遠くもないですし、食べ物に困ったら私も食べることにしましょう。
とりあえず《
「……まぁ、こんなものですよね」
決して、不味いわけではありません。
ほのかな甘みと、後を引く酸味があります。甘みを抑えた山葡萄のような感じですね。煮込んでジャムにすると美味しいかもしれません。
まぁ、わざわざ収納する必要もなさそうですね。下手に私が全部収納してしまって、ここに食べに来る魔物を怒らせてもいけませんし。
「そひあ、れーべ、おいしい?」
「ええ、美味しいですよ」
「よかった。もぐもぐ」
ダックスは一個一個むしって、次々と口に入れています。
恐らく、ダックスはこれが主食なのでしょう。栄養価とかを知りたいところですが、さすがにそれはスキル《鑑定》でないと分かりませんし。
「……あ」
ですが、ふと考えました。
ダックスはここに、レーベの実を食べにやってきました。つまり他の魔物も、この場所に来ればレーベの実を食べられるということを知っているはずです。
そしてレーベの実を食べるということは、肉食ではないでしょう。つまり対峙しても、私が襲われて食べられるという可能性は低いと考えます。
つまり、ここでレーベの実を食べにやってくる魔物を待ち構えて、私がどうにか別の餌で釣って、それからスキルブックを使って言葉を理解させて仲間にすることができる――かもしれません。
ダックスはクッキーを与えると懐いてくれましたし、他の魔物もクッキーで釣れるでしょう。もしクッキーが口に合わなくても、私の《
「では、ダックス」
「うん」
「あなたはここで、レーベを食べていてください」
「くっきー、ないの?」
「クッキーは明日あげます」
「わぁい」
ダックスが嬉しそうに、レーベの実を食べています。
そんなダックスの様子を見ていると、なんとなくほっこりしますね。可愛らしいです。
他の魔物も、これくらい素直だとありがたいのですけど。
「ふぅ……」
小さく、息を吐きます。
今日はいいお天気です。なんとなく暑くも感じるのは、日差しを遮るものがないからでしょうか。そして山の上から見下ろすと、恐らく私がやってきたのだろう海岸があります。
そこから広がる水平線――どこにも、島らしい場所は見当たりません。
割と海岸も広いですし、ここ自体は割と大きい島なのかもしれませんね。現状、人がいる様子は全くありませんけど。
今後はまず、この島の全容について調査することからですかね。島の形とか。
「ん……?」
ふと、そこで私は視界の中で、動く白い影を見つけました。
立った私よりも、さらに高い位置にある頭。流れるような紫のたてがみに、陽光に生える真っ白な体をした、大きな白馬です。
しかし馬と異なるのは、その額に生えた鋭い角でしょうか。
この魔物は、私も聞いたことがあります。
「……ユニコーン?」
額から角の生えた馬、と言われたら誰もが想像する、有名な魔物です。
池の畔に住み、清らかな乙女だけを背中に乗せるとか、そういう話が有名ですね。神話には残っていますけど、実際にその姿を見るのは初めてです。まぁ、魔物なんて大陸には存在していませんからね。
恐らく、ユニコーンもレーベの実を食べにやってきたのでしょう。見た目は完全に馬ですから、多分草食ですし。
「……」
ユニコーンは、清らかな乙女だけを背中に乗せます。
そして私、清らかな乙女です。
つまりユニコーンは、私のことを背中に乗せてくれるということです。
おお、丁度いいではありませんか。私、乗れるタイプの魔物を仲間にしたいと思っていたところですから。
「ブルルッ」
そこで、レーベの実を食もうとしていたユニコーンが、顔を上げました。
つぶらな瞳が、私の視線と交差します。
とりあえず私は、考えます。何の食べ物を与えたら、ユニコーンは私に懐いてくれるでしょうか。草食動物が好きそうな餌とか、さすがに収納庫の中にはありませんし。
あ、そうだ。新鮮なレタスとか――。
「ブオォォォォォォォッ!」
ですが、次の瞬間。
ユニコーンはそう咆吼を上げると共に、鋭い角の先を私に向けてきました。
あれ、私って清らかな乙女なんですけど。
なんでそんなに、戦闘態勢バリバリになっちゃってるんですか。
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