閑話 王国に残された者たち

「この大馬鹿者がっ!!」


 ソレイル王宮。

 当代国王ゲオルグ・エーベルハルトの居城であり、王都ベルトルトにおける最大の建物である。

 巨大ではあるが精緻な細工のなされた外壁、場内に飾られている豪華な調度品、灯りは貴重な水晶をふんだんに使ったシャンデリア――まさに、現在のソレイル王国の隆盛を示しているかのような王宮だ。

 そんな、本来国王が謁見者を迎えるための場所、赤い絨毯の敷かれた謁見の間で。

 国王ゲオルグは自身の第二子である王子、レパードを蹴りつけていた。


「う、う……ち、父上、何故……!」


「何故だと!? 貴様、余が留守にしている間に、勝手に何をしておるかっ!」


「お、俺は……」


「言い訳など聞かぬ! 貴様が企てたことなど、裁判記録を見れば全て分かるわ!」


 烈火の如き怒りと共に、レパードを蹴りつけるゲオルグ。

 そしてゲオルグの第一子――第一王子ルークスはその様子を見ながら、眉を寄せることしかできなかった。

 現在、この謁見の間にいるのはゲオルグ、レパード、ルークス――そして、当代ブレンシア伯爵であるウィルムス・ブレンシア。

 先日までゲオルグ、ルークスと共に隣国までの旅路を共にしていた男であり、ルークスの婚約者であるソフィア・ブレンシアの実父だ。


「ウィル……本当に、愚息が申し訳ない……」


「仕方がない……では済まされませんな。愛する娘が冤罪で、島流しの刑に処されたのです。正直、私としては今ここで、レパード殿下を絞め殺したい気持ちですよ」


「ソフィア嬢への判決は、再度の法廷で無罪を言い渡させる。約束しよう」


 ゲオルグとウィルムスは、学院に共に通っていた友人でもある。

 現在は国王と伯爵――その立場は違えど、ゲオルグにとってウィルムスは親友だ。まだゲオルグが王位を継ぐ前は、よく一緒に酒の席を交わしていたとも聞いている。現在も、何かあればゲオルグがまず相談するのは、親友であるウィルムスなのだ。

 そして何より、ゲオルグがウィルムスをそれだけ尊重する理由。

 それは、ブレンシア伯爵家の持つ唯一無二のスキルである。


「しかし……まさか出張から戻ったら、屋敷がほぼ空だとは思いませんでしたな」


「……ソフィア嬢が、全て持っていったのだろうな」


「ええ。ソフィアのスキルは、私も……偉大なる祖父も、遥かに超えるものですからね」


 ウィルムスのスキルは、《大収納ハイストレージ》。

 兵隊一万人分の食糧と武器を一人で運んでみせたと言われる、偉大なるブレンシア伯爵家の始祖ルシード・ブレンシアのスキル《超収納グランドストレージ》に比べれば、その容量は劣るものだ。それでも、兵隊千人分の食糧くらいは一人で運んでみせる容量である。

 常に他国と厳しい関係にあるソレイル王国にとって、このスキルは他に代えがたいものだ。

 何せ、一人だけで物資を運ぶことができるならば、輜重隊が必要ない。兵士に重荷を持たせる必要もなく、たった一人を従軍させるだけで食糧事情が容易く片付くのだ。

 さらに空いた容量の部分に、敵兵から鹵獲した物資であったり、破損した武器であったり、そういったものを収納することもできる。こと戦争に関して、荷物に関すること全てを任せることができる存在だと言っていいだろう。

 そういったブレンシア家のスキルを知っていたことも、ゲオルグが若い頃にウィルムスと親交を深めた理由の一つだ。


「しかし、言い訳は聞かないと仰っておりましたが……私としては、レパード殿下の言い分も聞いてみたいところですね」


「ぐ……」


「何故、娘に……ソフィアにありもしない罪を着せてまで、島流しの刑に処したのですか?」


「お、俺は……」


 レパードが、ゲオルグに散々蹴られた腹部を押さえながら、ウィルムスを見る。

 その表情は無表情ながら、瞳に込められているのは激しい怒り。それを分かってか、レパードは歯の根を震わせていた。


「た、ただ……」


「ただ?」


「お、俺は……あ、兄上の、婚約者が……は、伯爵家の、娘、では……」


「ええ」


「み、身分違いだと……そ、そう、思って……」


「ほう」


「あ、兄上には、相応しくないと……そう……」


「ほほう」


 静かな怒りを込めたウィルムスと、呆れに頭を抱えることしかできないゲオルグ。

 そしてルークスは――あまりにも馬鹿な弟の言い分に、溜息を吐くことしかできなかった。


「なるほど。ルークス殿下、弟君はそう仰せですが」


「……何故僕の婚約者を、レパードが相応しくないと判断するのか分かりませんね。今まで何度か紹介すると言いましたが、一度も会わなかったというのに」


「レパードの妄言は、これ以上聞く必要もない。本当に申し訳ない、ウィル……」


「陛下に、これ以上謝罪をしてもらう必要はありませんよ。ただし、事の次第はしっかり周知していただきたく思います。ソフィアが無実であり、全てレパード殿下が企んだことであると」


「無論だ。ソフィア嬢はすぐに連れ戻し、その上で再び法廷に立ってもらう。正しき法の番人が、正しき判決を下すよう、余も手配する」


「ええ。よろしくお願いします」


 ウィルムスの言葉に、ゲオルグは大きく溜息を吐いて。

 それから再び、レパードを怒鳴りつけた。


「大体、貴様がルークスの婚約者に対して、意見を言う資格などない! ルークスとソフィア嬢の婚約は、余とウィルの間で決めたことだ! もし貴様のせいで、ソフィア嬢が婚約を破棄すると言い出したらどうするつもりだ!」


「で、でも、父上……あんな、女が……」


「まだ言うか! ソフィア嬢は伝説に残るブレンシア伯爵家の開祖、ルシード・ブレンシアの《超収納グランドストレージ》を上回るレアスキル《無限収納インフィニティストレージ》の持ち主だぞ!? その血を王家に繋げることの意味が、分からぬのか!」


「えっ……!」


 レパードが、驚きに目を見開く。

 スキルは高貴な血に伴う――そんな言葉があるように、ほとんどのスキルは貴族家の持っているものだ。

 しかし中にはレアスキルと呼ばれる、常軌を逸した存在がある。

 かつては《超移動ハイムーブ》という移動速度を上げるだけの血統から生まれた《瞬間移動テレポート》――刹那で目的地まで移動するというレアスキル。

 かつては《模倣イミテーション》という身体能力を模すだけの血統から生まれた《能力複製スキルコピー》――スキルを本にして他者に習得させるというレアスキル。

 そして《収納ストレージ》という少量を空間に収納させるだけの血統から生まれた《超収納グランドストレージ》――途轍もない量を空間に収納させるというレアスキル。


 その中でも、ソフィアの持つレアスキル《無限収納インフィニティストレージ》は、別格だと言っていいだろう。

 何せその容量には底がなく、恐らくこの城ですら持ち運ぶことができる――そんな、とんでもないスキルなのだから。


 そしてレアスキルの持ち主が女性である場合、かなりの確率で子供が同じレアスキルを持って生まれる。今のところまだ理由までは判明していないが、歴史上同じレアスキルを継いだ子供というのが非常に多いのだ。

 そのため、レアスキルを持った女性は必ず女児を産み、レアスキルを途絶えさせてはならない。そしてレアスキルを持った女児が家督を継ぎ、次代に受け継がせる――そんな風に、貴族家は発展してきたのである。

 もっとも、開祖ルシードが男性であったブレンシア家は、レアスキルを引き継げなかったのだが。


「そ、そんな……お、俺は……」


「レパード! 貴様には追って沙汰を伝える! だが、もう王家の人間を名乗ることは許さん!」


「ええっ! そ、そんなっ!?」


「貴様はそれだけのことをしたのだ!」


 ゲオルグの言葉に、レパードが大きく項垂れる。

 今まで第二王子という立場を利用して、好き勝手に振る舞っていたレパードだ。その地位を失った以上、彼に阿る者はもういなくなるだろう。

 ルークスはそう冷静に考えながら、しかし一片の同情も浮かんでこなかった。

 そしてルークスは、隣にいるウィルムスに話しかける。


「ブレンシア伯爵」


「……どうしましたか、ルークス殿下」


「僕の方からも、彼女に謝らせてください。愚弟のしたことであるといえ、僕にも止められなかった責任があります」


「ふむ……」


 ルークスの言葉に、顎髭を撫でるウィルムス。

 その目は、まるでルークスという男を品定めしているかのように。


「レパード殿下は、ルークス殿下に相応しくないと仰せでしたが?」


「愚弟の妄言は、気にしないでください。僕の婚約者は、ソフィアだけです」


「それは娘が、レアスキル持ちだからですかな」


「……いいえ」


 ウィルムスの試すような言葉に、ルークスは溜息を吐く。

 確かに、ルークスとソフィアが婚約を結んでいるのは、彼女がレアスキル持ちであるからだ。

 だが、それ以上に――。


「僕が、ソフィアを愛しているからですよ」


 幼い頃から、ずっと婚約者として共にいたソフィア。

 親に決められた婚約であるといえ、共に過ごしてきた時間は長い。そしてルークスは、素直で純真な心を持つソフィアに対して、心からの愛情を抱いていた。


「なるほど。申し訳ありません、殿下。野暮なことを聞きましたな」


「いえ。それでは、僕はこれで」


「おや……? どちらへ?」


瞬間移動士テレポーターのところへ。それと、ウーツベルト島に船を出すように命じておきます。迎えに行くのは、早い方がいいでしょう」


「なるほど……では、娘をよろしくお願いします」


「ええ」


 未だにゲオルグの怒声が響き渡る謁見の間に、ルークスは背を向ける。

 今は一刻も早く、誰も味方がいない中で島流しに処された彼女を、迎えに行くだけだ。


 ソフィア、待っていてくれ。

 僕が、今から迎えに行くから――。

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