第6話 ひとまず安全な場所へ

「さて、ひとまず拠点を築くことにしましょうか」


 現状の、私の位置を考えてみます。

 やや小高い、丘の上です。周囲は三百六十度しっかり見ることができ、平原が広がっています。少し離れた位置には森、背後は少し行けば砂浜、さらに森の向こうには山が見えます。割とここ、大きい島みたいですね。

 しかし、ここに拠点を築くのは少々いただけません。

 何せ、周囲には何も遮るものがないため、拠点を築くと目立つことこの上ない状態です。仮に私が建物でも作れば、周りの魔物たちがこれは何事だと寄ってくること請け合いでしょう。そして魔物が異物と判断した場合、その場で破壊されてもおかしくありません。

 まぁ、捕食者になる――とか粋がってはみましたが、そう一朝一夕でなれるものではありません。


「うぅん……少し移動しましょうか。良いですか、ダックス」


「わおん?」


「了承と見做します」


 拠点というのは、つまり私の眠る場所です。夜を過ごす場所です。

 少なくとも今夜、私は魔物がうようよと徘徊しているこの島で、夜を過ごさなければならないのです。そのための場所は、まず何より安全が保証されている必要があります。

 一応結界石は起動していますが、魔物が本気で突撃してきた場合、破壊される可能性が高いでしょう。拠点は、構造的にまず安全性の高い場所を探す必要がありそうです。


 そして、良い拠点に必要な条件は、入り口が限られていることです。

 入り口が一つであれば、そこへの侵入を防ぐことも容易です。それこそ、今は四方に展開している結界石を、入り口に何重にも設置すればいいわけです。もしくは、物理的にバリケードを作ることもできるでしょう。入り口が狭ければ、大きな魔物も侵入しようと考えないでしょうし。

 できれば、洞窟なんかがベストですね。安全性と引き換えに、日当たりは凄く悪いですけど。


「ではダックス、向こうに行きますよ」


「わん!」


 周囲の結界石を解除して、《無限収納インフィニティストレージ》へと仕舞います。

 この結界石も、割と高級品です。父上がどこかに出張に行かれるときだったり、屋敷の外で泊まらなければならないとき、常に携帯していたものです。賊の侵入くらいは防ぐことができる、と仰っていました。

 予備として父上の部屋にあったものを全部持ってきたので、《無限収納インフィニティストレージ》の中には十個入っています。基本的には永続的に使用できるらしいので、必要に応じて使っていきましょう。


「うぅん……」


 そして改めて、眼下に広がる平野――そこに存在する、魔物たちを見ます。

 総じて言えるのは、どれも大きいということでしょうか。私が今までの人生で、見たことのある最も大きな動物は馬です。軍の壮行会に出席したときに、騎馬隊が出立するのを見ただけですが。ロバと違って大きいことに驚きました。

 しかし、ここにいる魔物はどれも、私の見た軍馬より大きいです。ドラゴンに至っては、遠目ではありますが軍馬の五倍くらい大きいのではないでしょうか。

 正直、この右手に持っているクロスボウが頼りなくて仕方ありません。もし今ドラゴンに襲われたら、私どうやっても逃げられない気がします。


 そして同時に、魔物たちにも食物連鎖が存在するようです。

 巨大な顎を持つ魔物が、毛に包まれた魔物を襲ってから、その肉を食べていました。そして他の魔物たちも、草を食んでいたり木の実を食べていたり、何かしらの食事をしている様子でした。

 昔読んだ書物では、魔物は食事を必要としないと書かれていたのですが。

 何でも、魔物は邪悪の化身である魔王が作り出したものであり、世界に存在する悪の気を吸って生きているのだとか。そのため、明らかに骨のような姿をしている魔物も存在したらしいです。

 まぁ、実際のところ大陸では滅びてしまった魔物ですから、そのあたりも想像の域を出ないのかもしれません。


「ふぅ……」


 まだ日は高いですが、とりあえず歩みを進めます。

 平野とはいえ、完全になだらかな草原というわけではありません。起伏は少なからずありますし、小高い丘も幾つかあります。私、運動不足なんですが歩けるでしょうか。こうなると知っていれば、ちょっと運動しておいたのに。

 しかし、ちょっとわくわくしている私がいるのも事実です。

 私は正直、今までの人生において整備された街道だったり、豊かな農園だったり、そういった景色しか見ていませんでした。人の手が入っていない景色というのを、ほとんど見たことがありません。

 やたら巨大な岩が点在していたり、ろくに道のない斜面だったりを歩くのは、ちょっとわくわくしますね。


「ふむ……ここは、良さそうですね」


 そうしているうちに見つけたのが、私の背丈の倍以上ある巨大な岩に囲まれた、小さな空間でした。

 背後は崖になっていて、そこに巨大な岩が二つ。その隙間から入ると、人が三人程度ならば横になれそうな空間がありました。

 上を遮るものがないため、雨に弱そうな気はします。しかしその分、昼間はそこそこ明るいですね。

 さらに、入り口が私一人がなんとか通ることのできる程度の狭さというのが、条件としてはぴったりです。


「いいですね。ここにしましょう」


 巨大な魔物ならば、岩を押し退けてくる可能性はあります。しかし、ぱっと見はただの岩が並んでいるように見えるでしょうし、気付かれにくいと思います。

 正直、洞窟で寝るのはちょっと嫌だったんですよね。暗いですし、絶対ジメジメしてますし。

 それに比べてここは風通しもいいですし、過ごしやすそうな気がします。


「ではダックス。これからは、ここを私たちの家にします」


「……?」


「ここに住むんですよ。ほら、クッキーをあげましょう」


「わおん!」


無限収納インフィニティストレージ》からクッキーを取り出し、ダックスに与えます。

 ダックスは嬉しそうにクッキーを取って、もしゃもしゃと食べていました。余程クッキーが気に入ったみたいですね。

 その後、くんくんと鼻を動かしながら拠点の壁――大岩に囲まれたそこを、しばらくダックスは歩き回っていました。


「気に入りましたか? ダックス」


「くぅん」


 ダックスは私の言葉に対して、そう頷いて。

 それから、おもむろに片足を上げました。


「あー……」


 じょぼじょぼじょぼ、と聞こえる水音。

 そういえば犬って、自分の縄張りにはマーキングをする習性があるんでしたね。


 ダックス。

 あなたのせいで私、横になるのが嫌になってしまいました。

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