第5話 さて、これからどうしましょう

 スキル『言語翻訳』。

 それはソレイユ王国で、五つほどの貴族家が持っているスキルだそうです。

 古代語であれ他国語であれ、果ては動物を相手にしても、どんな言語でも理解することができるという凄まじい代物です。牧場を経営している貴族家は、それで家畜の健康状態を把握するのだとか。

 そんな非常に便利なスキルなのですが、『非常に便利』止まりのスキルだとも言えます。


 例えばスキル『瞬間移動』は、所持しているだけで瞬間移動士としての仕事があり、『瞬間移動』で人を運ぶだけでお金を稼ぐことができます。

 例えばスキル『火炎魔法』は、その名の通り火を扱えます。これにより戦争において、後衛の大火力魔術師部隊に所属することができます。この部隊に所属することは名誉であると同時に、魔術師自体の数が少ないので非常に高給だそうです。

 まぁ、そんな風に。

 スキルというのは、そのスキル一つで巨額が動くほど凄まじいものだと聞きます。噂だけですが、スキル『未来予知』をかつて持っていた方は、貴族からの依頼が殺到したのだとか。


 そのあたりの凄まじいスキルと比べると、言葉が分かる程度でしかないスキル『言語翻訳』は、一枚劣っていると言っていいでしょう。

 何故そんなスキルブックが、私の《無限収納インフィニティストレージ》の中にあるのか分かりませんが。多分、父上の蔵書を丸ごと持ってきたとき、同じ場所にあったのかもしれません。よく見れば第七収納庫インベントリに、小さな金庫が入っています。もしかすると、その中に入っていたのかもしれません。

 まぁ、私のこのスキル、鍵とか無意味ですからね。中に入れてさえしまえば、全部きっちりと私が分類カテゴライズした収納場所に入っていきますので。


「ふぅむ……」


 しかし、悩ましいところです。

 このスキルブックを使えば、私はスキル『言語翻訳』を手に入れることができます。しかし、同時に《無限収納インフィニティストレージ》を失う危険性もあります。

 正直この魔物に溢れた島において、《無限収納インフィニティストレージ》は私の生命線でもあります。第四収納庫インベントリの属性:飲み物のところに、大量に入っている水やワイン、果実水などを失ってしまうと、水を手に入れるのにも苦労することになりますし。

 ああ、ちなみに私、連行してくれた騎士に嘘は吐いていませんよ。

 実際にワインの瓶を四本、収納したことは間違いありませんから。ワインの瓶以外にも、大量に持ってきただけであって。


「……うん。とりあえず、やめておきましょう」


「クゥン?」


「ごめんなさい、ダックス。あなたの言葉は、まだ私分からないんです」


「ワン?」


 私に向けて、そう首を傾げてくるダックス。とても可愛いです。

 ひとまず『言語翻訳』のスキルブックについては、また今後考えることにしましょう。そもそも現状、ダックスの言葉が分からなくても支障はありませんから。

 さて、改めて周囲を確認します。

 現状、結界石で四方を囲んでいますが、正直この場所は周りの魔物から丸見えです。できれば、入り口が一つで防ぎやすい場所などに拠点を築くべきでしょう。


 ただ、そこでふと思いました。

 どうせ私、この島から王国に戻ることはできないでしょう。ルークス殿下が迎えに来てくれるという線も、恐らく無理だと思います。

 その状態で、いつ魔物に襲われるかとびくびくしながら過ごすのは、少々いただけません。


 だったらいっそのこと、この島で快適に過ごしてみてはどうでしょう。


《発動――無限収納インフィニティストレージ

《第八収納庫インベントリ――属性エレメント:武器――分類カテゴライズ:近接》


 ずらりと、頭の中に武器が並びます。

 剣、槍、斧、鎌、棍棒、銛、ナイフ、仕込み杖――などなど。恐らく、一個中隊に支給できる程度の数が。

 これは屋敷の地下にあった、いざというときの緊急物資から拝借してきたものです。ちなみにブレンシア伯爵家は南方に領地を持っていますので、王都にある屋敷は別邸のような扱いではあるのですが、南方が攻められたときに王都から兵を出すことができるようにと、武器の貯蔵をしていたのです。

 まぁ、ウーツベルト修道院に送られる予定でしたので、これが役に立つことなどないと考えていましたが。まさか、魔物ばかりの島に送られるなんて思いませんでしたし。


《発動――無限収納インフィニティストレージ

《第八収納庫インベントリ――属性エレメント:武器――分類カテゴライズ:遠距離》


 さらに十字弓クロスボウや複合弓、投げ縄にスリングといった武器も中にあります。

 ちゃんと、矢も入っていますよ。残念ながら私、弓矢の経験は皆無ですけど。

 ちなみにこの分類カテゴライズ:遠距離で最も強力なものは、破城弓バリスタです。これは五歳の頃、私が収納してしまった別邸の、最奥の倉庫にあったものです。

 無駄に大きいので出しても場所に困るということで、ずっと私が収納しています。父からは、「そのうち必要になったときに出してくれ」と言われてそのままです。


「ふむ……」


 まぁ、私が持つとしたら十字弓クロスボウですね。

 弓矢の経験はありませんが、これはバネ仕掛けで矢をセットすることができ、引き金を引いたら放たれるという素敵な武器です。しかもバネ仕掛けになっているので人間の引く力より強く、騎士の金属製の鎧を貫くこともできるのだとか。

 そして、頼れるパーティメンバーにもちゃんと装備を充実させてあげましょう。


「ダックス、これを受け取りなさい」


「ワオン?」


 第八収納庫インベントリの中から、私は剣を取り出します。

 鋳造製の、さほど切れ味の良い剣ではありませんが、今もなおダックスの持っている木の棒よりは強いでしょう。

 ダックスは突然現れた剣に警戒し、少し距離をとっていました。しかし隣にクッキーを置いたら、それをもしゃもしゃ食べてから手に取りました。

 武器を作って振るう知能を持っているらしいですから、きっと剣も振るうことができるでしょう。


「さて……」


《発動――無限収納インフィニティストレージ

《第八収納庫インベントリ――属性エレメント:防具――分類カテゴライズ:鎧》


 次に確認するのは、防具です。

 私の格好、学院で暴行をしたと虚偽の拘束をされてから、ずっと同じなんですよ。制服です。制服は正直、防御力皆無ですからね。

 ですので私は、収納庫から取り出した革鎧を、制服の上から着用しました。とりあえず急所だけ守る形にしましょう。胸とかお腹とか。

 ダックスにも何か防具を――と思いましたが、さすがに私の背丈の半分程度しかないダックスに、合いそうな防具はありませんでした。とりあえず分類カテゴライズ:盾から小さな円形の盾を取り出し、渡しておくことにします。


 では、これで準備完了ですね。

 捕食者が大量に存在する島で、快適に過ごすにはどうすればいいか。


 こちら側が、捕食者になればいいのですよ。

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