第3話 この島……どこ?
私ソフィア・ブレンシアが受けた『島流し』とは、実際のところ通称です。
送られる先――ウーツベルト修道院が、船も通っていない孤島に存在していることから言われているだけのことです。実際、刑期を終えた者の迎えに来る場合を除いて、全く船の来訪はないそうです。
そしてウーツベルト修道院送りは、その後自給自足の生活を強いられる場所です。そのために、通称『島流し』と定着しています。
私の処された刑は、そんなウーツベルト修道院送りだったはずなのですが。
「……海、ですね」
周囲をぐるりと見てみますが、砂浜です。そして背後には、平原が広がっています。その平原で、動いている影――恐らく野生動物のものでしょう。
見た感じ、修道院らしいものはどこにも見当たりません。
「……」
とりあえず立ち上がって、歩きます。
屋敷に寄ることのできた五分の間に、動きやすい靴に変えていて良かったと思います。普段の制服に合わせた靴では、この砂浜に沈んで動きにくいことこの上なかったでしょう。ただ、砂浜を歩いているとどうしても靴の中に砂が入るので、私は平野の方に向かうことにしました。
しばらく歩きますが、修道院らしいものは見えません。
というか、人間のいる痕跡がありません。
「えっ……」
そして私の目が捉えたのは、平野を悠々と歩いていた動物の姿。
ずしん、ずしん、と激しい足音を鳴らしながら歩いているのは、私よりも遥かに巨大な生物でした。
巨大な体に、長い首。その全身を鱗に包まれています。そして首の先――頭にあるのは巨大な顎と、生えそろった牙。遠目でも、それが遥か見上げるほど大きいと分かります。
その姿は、昔本で見たことのあるもの。
かつてこの世界に存在しながら、現在は滅びたとされる生物。
ドラゴン。
まだ遥か遠くにいるその雄姿に、思わず足が止まりました。
「……ははっ」
口元が引きつって、私の口からそう笑い声が漏れました。
笑おうとしたわけではありません。あまりにも信じられない状況に、思わず声が出ただけです。
ウーツベルト島にドラゴンがいるなどという話は、全く聞いたことがありません。少なくとも、ここがウーツベルト島という可能性は消え去りました。
そして同時に、襲ってくるのは絶望です。
レパード王子に嵌められ、ウーツベルト島送りになった私の拠り所は、いつかルークス殿下が迎えに来てくれるだろうということだけでした。きっとルークス殿下がお戻りになった後、私のことを探してくださるだろうと。
ですが、もしルークス殿下がお戻りになられ、私を探してくれたとしても。
ウーツベルト島ではない、謎の島にいる私のことを、探し当てることはまず無理でしょう。
つまり、私の人生は詰みました。
「はぁ……」
ひとまず、ふかふかの草の上に腰を下ろします。
遠目に見えるドラゴンの周りに、草を食んでいる巨大な生物が大量にいます。
半円のような姿に、鎧のような何かを背中に生やした魔物。細く毛に包まれた体で、群れをなして走っている魔物。巨大な体に兜を被ったような見た目で、目の上と鼻の上に角を生やした魔物。などなど。いつだったか本で見ただけの魔物が動いているというのは、不思議な気分ですね。
ソレイユ王国のある大陸でも、魔物たちは昔、大量にいたとされています。しかし人がその版図を広げ、平野を開発し、山を切り拓き、次第に数が減っていったという話を聞きました。
私がこれを聞いたときには、「魔物だからきっと悪い奴ばかりなんだ」と考えました。実際、悪い魔物を冒険者や軍隊が滅ぼし、私たちの生活は安寧になったのだと聞いたことが何度もあります。
「……きっと、あそこに行ったら私も食べられるのでしょうね」
はぁ。
溜息しか出てきません。まさか、これほど恐ろしい魔物ばかりの島に送られてしまうとは。
「グルルゥ!!」
「えっ……!」
しかし、突然。
私の後ろから聞こえたそんな鳴き声に、思わず振り返りました。
背後にいたのは、背丈にして私の半分程度かと思われる、小さな人型――しかし、その顔立ちは犬であり、全身を毛皮に包まれた何者かがいました。
手に木の棒を持っています。臨戦態勢ということでしょうか。
「犬の頭……もしかして、コボルト?」
昔読んだ本に書いてあった、二足歩行の犬――その名前を思い出して、思わず呟きます。
森の中で群れを築く、人型をした犬。それがコボルトという魔物の特徴です。手先が器用で、武器を作り持って戦うのだという話を見ました。
同じ小型の魔物、ゴブリンのように人の集落を襲い、畑を荒らすとされていた魔物ですが――。
「ワオン!」
「……」
しかし私から一定の距離をとったままで、コボルトは襲ってこようとしません。
そこでなんとなく、私は昔どこかで聞いた話を思い出しました。
人間に対して攻撃的になる生物というのは、人間を『敵』として認識しているからだそうです。
しかし、逆に人間のことを見たことがない生物というのは、人間が自分を攻撃してくる相手なのかどうか分からない上に、何をしてくるかも分からない――つまり、未知の生物を相手にしている感覚なのです。
つまり、このコボルトが私を襲ってこないのは、人間という生物を見たことがないからでしょう。かつて大陸に存在した魔物たちのように、人間に襲われた経験がないからだと思います。
では、私の採るべき手段は――。
「……どうどう、コボルトさん」
まず、コボルトに向けて両手を広げて見せます。
武器は持っていません。そして敵意もありません。そうコボルトに示すことで、まず融和を図ります。
そして、次に行うのは相互理解。
コボルトに示すのは、私が敵ではないということ。むしろ味方であり、仲良く出来る相手だと思ってもらう必要があります。
そのために、必要な手段は一つ。
「さぁ……どうぞ、食べ物ですよ」
私は、コボルトに向けて食べ物を差し出しました。
とりあえず両手に、クッキーを一枚ずつ。これは、伯爵家から持ち出してきたものを、私のスキルで収納していたものです。
地面にクッキーを置いて、ゆっくり離れます。コボルトはそんな私が置いたクッキーへと鼻をくんくんさせながら近づき、口に入れました。
そして目を見開いて、私を見ます。
こんな島で野生の生活をしているコボルトですから、きっとクッキーなんて食べたことがないでしょう。
「アォン!」
「どう、ですか……?」
「クゥン……」
再びコボルトが私を見て、それからゆっくり近付いてきました。
そう、私は決して敵というわけではなく、ごはんを与えてくれる存在。そう認識させることで、そこに信頼関係を築くのです。
どうやら、口に合ったようですし。
「さぁ、どうぞ。お食べなさい」
「アォン!」
今度は、手にクッキーを持って差し出します。
コボルトはおずおずと近付いてきて、くんくんと私の手元を嗅いで、そして私の手から食べました。手を伸ばせば届く位置まで来ていますが、逃げる気配はありません。
クッキーならまだまだありますよ。何せ、侯爵家にあるものを全て持ってきましたから。
「よぉし、いい子です」
「クゥン……」
クッキーを与えてから、コボルトの背中を撫でます。
もふもふですね。実に素晴らしいです。
そして私が背中を撫でても、逃げる気配はありません。私が食べ物をくれる、敵ではない存在だと理解してくれたのでしょう。
コボルトが、私の足に頬をすり寄せてきました。
良かったです。これでひとまず、この魔物ばかりの恐ろしい島で生きていくための仲間ができました。
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