第2話 瞬間移動
「戻りました」
「おう」
五分で、私は約束通りに馬車へと戻ってきました。
私が抱えているのが冊子三つだけであることに、騎士は疑問を持ったのか僅かに眉を寄せました。
「……それだけか?」
「はい。修道院の方で、衣食住は面倒を見てくださると思いますので」
「ふむ……まぁウーツベルト島の修道院は、新人が持ち込んだ貴重品が盗まれるって話も聞くからな。下手に高いものは持っていかない方がいいってことか。んで、それは何だ?」
「日記です。今書いているものと……新しいものを、二冊。これから、書くことが多くなりそうですので」
「……ま、それならいいだろう」
騎士が、微笑ましいものでも見るかのように小さく笑みを浮かべました。
この人自体は、善良な騎士なのでしょう。
「一応、説明しておくと、だ」
「はい」
「これからお前さんを、
「……ええ」
ウーツベルト島の修道院。
通称『島流し』と呼ばれるそれは、罪を犯した女性にだけ処される刑です。
修道院にて規則正しい生活を行い、朝夕に神へ祈りを捧げ、自給自足の集団生活を行う――その程度しか、私は知りませんが。
ウーツベルト島は修道院以外に誰も住んでいない、ほぼ無人の島です。それなのに大陸からは随分離れているという理由で、脱走する者もほとんどいないのだとか。
それこそ、スキル『瞬間移動』を持っているような人間でなければ、逃げ出すことは困難でしょう。
「若い身に五年は長いだろうが、まぁ、島での生活によっては、恩赦が下ることもある。刑期を短くするためには、とにかく真面目に生きろ。そうすりゃ、島から戻ってきてからも、真人間として生きることができるさ」
「……ええ。ありがとうございます」
馬の嘶きが、一つ。
そこで、馬車が止まりました。
「ここだな……降りろ」
「はい」
どうやら、
騎士が立ち上がり、私もまた立ち上がります。後ろ手に縄がないだけで、大分楽な道中でした。
そこにあったのは、小さな屋敷。
その門を、肩を小突かれて、私が先頭に歩いて。
「次に会うときには、真人間になってることを祈ってるぜ」
騎士のその言葉と共に、屋敷の門が開かれました。
「はい、次の方……ああ、ケヴィン君が連れてるってことは、ウーツベルト行きかい?」
「ええ、フランクさん。お願いします」
割と待たされました。
騎士に連れられた私を見ながら、随分ひそひそとされていましたが。恐らく、私が罪人だと一目で分かったことでしょう。
そして私が、今から『島流し』に処されるのだと。
「はい、どうも。
「……よろしくお願いします」
「おやおや、今日の人は随分聞き分けがいいんだねぇ、ケヴィン君」
「もう諦めてんですよ。さっさとやってください、フランクさん」
「はいはい」
瞬間移動士――フランクさんは、壮年の男性でした。
スキル『瞬間移動』は貴重で、貴族家でも二つの家柄しか受け継いでいないと聞きます。そのうちの一つが、クライン侯爵家――恐らく、フランクさんの生家でしょう。見た目はぼさぼさの頭で、貴族の品格何一つありませんけど。
フランクさんが、私に右の掌を翳して、それから左手で地図を確認していました。
多分ですが、地図で場所を認識することで、瞬間移動をすることができるのでしょう。その左手の指が、地図上の孤島――ウーツベルト島を指して。
「――
力ある言葉と共に、私の体の周囲に金色の魔力が渦巻きました。
この魔力によって、私はこれから遥か遠い場所に運ばれます。
実際のところ、
ですから、初めての体験に結構胸躍っていたのですけど。
「む……むぅっ……こ、これはっ……!」
「ん? フランクさん。どうしました?」
「こ、これは……!」
何故か、私の周囲を巡る魔力は、随分と鈍い動きで。
何故かフランクさんは、額に脂汗を流していました。信じられないものを見るかのように、私を見て。
ぎぎっ、と奥歯を噛みしめる音すら聞こえてきます。
「お、重っ……重いっ……!」
「……」
それ、乙女に言ってはいけないことベストワンだと思うのですが。
そして、次の瞬間に。
私の視界が真っ暗に染まって、そして一瞬の浮遊感が襲ってきました。
最後に、私が見たのは。
あまりにも失礼なことを言ってきたフランクさんの左手の指先が。
本来ウーツベルト島にあるべきその指先が、動いていたこと。
これが、私の現在までの経緯。
そして、私の現在とは。
「……ここは、どこでしょう」
真っ白の砂浜。
透き通るような海。
遠くで聞こえる海鳥の鳴き声。
どこを見ても島の一つも目に入らない、遥か遠い水平線。
私、島流しの刑に処されました。
でも、私の想像していた島流し、これじゃない。
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