第1話 告げられた刑は『島流し』

「判決を言い渡す」


「……」


「容疑者ソフィア・ブレンシア、ウーツベルト島修道院にて五年の流刑に処す」


「……」


 その裁判は、最初から最後まで仕組まれていたものでした。

 レパード王子が行った、カーミラ嬢への暴力――それをすぐに、レパード王子本人が学院の上層部へと告発し、私は次にやってきた騎士団に連行され、留置場へと監禁されました。

 ソレイル王国は、王政ではありますが立憲国家です。法の下に王族も貴族も、一般市民も平等と謳っています。ですので私は茶番である今回の事件は、法の下に照らされて真実が明かされると、そう信じていました。

 だというのに。

 私に与えられた判決は、修道院への流刑。


「……」


 裁判官は、恐らくですが金を握らされていたのでしょう。

 証人として法廷に立った自称私の友人は、私と何の関係もない貴族家の令嬢でした。名前すら知りません。そして、何故か出てくる数々の証拠の品――私には全く身に覚えのない凶器の数々が、証拠品として並べられていたのです。

 最初は私も、自分は何もしていないと主張したのですが、何一つ聞いてもらえませんでした。

 その結果、私に下った判決はウーツベルト島の修道院送り。

 別名、『島流し』――。


「ソフィア・ブレンシアはこれより瞬間移動士テレポーターの元へ向かい、そのままウーツベルト島へ向かうように」


「……」


「来い!」


 答えない私に対して、代わりに隣にいた騎士が私の髪を引っ張りました。

 その態度も当然でしょう。私は、法の下に罪人と認められた人間なのです。既に、伯爵家の令嬢という肩書きも、人権すら失っていると考えていいでしょう。

 これは全て、レパード王子の企み。

 国王陛下とルークス王子、それに私の父上――全員がいないこの機で、一気に私へと罪を着せたのです。


「乗れっ!」


 後ろ手に縄をかけられたまま、私は騎士によって無理やり、馬車へと乗せられました。

 当然、その馬車は鉄格子のかけられている頑丈なもので、脱出することなど叶いません。

 私の目の前に、騎士が座りました。恐らく、道中の監視なのでしょう。


「はぁ……ったく。若いのに、妙なことで人生を棒に振ったな」


「……」


「ま、五年の流刑が終われば、あんたは自由の身だ。実家が受け入れてくれるかどうかは知らんがね」


 騎士が、私に向けて言ってきます。

 私は答えずに、ただ顔を伏せるだけです。既に刑が決まってしまった以上、ここで足掻いたところで何もありません。

 ただ――。


「騎士の方」


「……ん。ああ、どうした」


「私の……実家に、一度寄ってもらうことは、可能でしょうか」


「ブレンシア伯爵家の館にか? 一体どうした」


「修道院送りになるのなら、せめて、思い出の品を」


「……まぁ、それはそうだろうな」


 五年の修道院送り。

 それを、着の身着のままで向かわせるというのは、あまりにも酷です。

 私にだって、持っていきたい物もありますし、思い出の品だってたくさんあります。それを拠り所にしたいという考えは、間違っていないでしょう。

 騎士が私の言葉に対して、頷きました。


「いいだろう。ただし、五分だけだ」


「ありがとうございます」


「間違っても、逃げようなんて思うんじゃねぇぞ。もしも逃げる算段でも立てていた場合、俺はお前さんの首根っこを掴んで、もう一度留置所まで連れて行かなきゃいけない」


「大丈夫です」


 騎士の方に強い語気で言われますが、最初から逃げるつもりなんてありません。

 そして、五分――それだけの時間があれば、持ってくることはできます。


「あと、持ってくる物については、こっちで検閲させてもらう。凶器の類を持っていた場合は、残念ながら没収だ。あと、向こうは修道院だ。酒や甘味、俗な本なんかは持ち込みが禁止されてる。そういうのも没収になる」


「分かりました」


「あと……お前さん、スキルは?」


「……」


 スキル。

 そう尋ねられて一瞬、私は答えに詰まりました。


 それは一部の人間だけが授かることのできる、唯一無二の特性です。

 例えば、スキル『火炎魔術』を授かった者は、己の魔力で自在に火を扱うことができます。スキル『瞬間移動』を授かった者は、瞬間移動士として自分、他人を世界のあらゆる場所に移動させることができます。スキル『言語翻訳』を授かった者は、古代語であれ他国語であれ、果ては動物を相手にしても、どんな言語でも理解することができます。

 このスキルの発現率が高いのが、一般的に貴族だと言われています。貴族は一般市民よりも魔力が多く、さらに魔力の多い貴族と婚姻するため、発現率が高いのだとか。

 勿論一般市民にも、スキル所有者は存在するのですが、その確率は千人に一人とも聞きます。

 そして、私は――。


「私のスキルは、『収納ストレージ』です」


「……あー、そういえば『収納ストレージ』っていえば、ブレンシア伯爵家だったか」


「はい」


「初代ブレンシア伯爵の、『超収納グランドストレージ』は有名だな。一人で槍を千本持ち運ぶことができたとか」


「……ええ」


 それは私の、曾祖父の話です。

 曾祖父――ルシード・ブレンシアのスキル『超収納グランドストレージ』は、兵隊一万人が一週間戦うための食料を全部持ち運べるほどに、その容量が大きかったとされています。

 そして、貴族家というのはそのスキルの傾向が決まっていて、『火炎魔術』のスキル所有者が開祖にいる場合、子孫も同じく『火炎魔術』を受け継ぐことが多いのです。

 父も、祖父も、授かったスキルは『収納ストレージ』でした。

 その容量は、曾祖父には全く及ばないものでしたが。


「んで、お前さんはどのくらい運べるんだ?」


「……ワインの瓶を、四本です」


「了解。まぁ、修道院暮らしも辛いだろうから、ワイン四本くらいなら見逃してやるよ。ちびちび飲むといい。手荷物は検閲させてもらうが、俺はお前さんのスキルについては聞いていない。そういうことにしよう」


「……ありがとうございます」


 この馬車に乗っているのは、私と目の前の騎士だけです。

 だから敢えて、私のスキルについては聞かなかった――そういう体裁にしてくれたのでしょう

 少しくらいの同情が、そこにあったのだと思います。


「さて……ブレンシア伯爵家の館は、ここだな。俺はここで五分待つ。五分後にお前さんが戻ってこなければ、館の中に入って首根っこひっ捕まえて、もう一度留置所行きだ。今度こそ、修道院じゃなく刑務所になるぞ」


「……逃げるつもりなんて、ありませんよ」


 騎士が、縛られたままだった私の手の縄を、解いてくれました。

 止まった馬車の鍵が開かれ、私は久しぶりに実家――ブレンシア伯爵家の門を潜ります。

 たった五分しかないから、早く向かわないと。


 そして、逃げるつもりがないというのも、私の本音です。

 下手に逃げるよりも大人しく刑を受けて、しばらくの間だけでも、修道院で過ごせばそれでいいのです。

 だって。

 きっと、お戻りになられたルークス王子が、私を助けてくださるはずですから。

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