第弐話

【実史では西暦1548年に三河(現在の愛知県東部)の松平家当主で松平広忠は今川家の属国でその証に嫡男である竹千代(後の徳川家康)を今川家の人質に送る事にしたが、その事に腹を立てた家臣に暗殺された。しかし、暗殺される前に竹千代を今川家への道中で移送する兵が織田家に売ってしまう出来事があったが、その翌年に今度は織田家の信長の異母兄にあたる織田信広が今川家に捕らえられ、竹千代と交換条件を持ちかけられ織田家を出て今川家の人質になった。】




(確か、この年に信広のアホが今川家に捕まって竹千代と交換するはめになった記憶が… 親父殿に相談してみるか。)



信長は実質、織田信秀と会うのが30年ぶりになるので聊か緊張して那古屋城に向かって歩き出す。



(親父殿に会うのは流石に緊張するな、またあの声で怒鳴ってほしい…)

と、独り言を呟き城門前に来ると信長の実弟にあたる織田信勝に出会う。




【実史では織田信勝が2度にわたり信長を裏切って、殺されている。】




「これは兄上。どうされたのですか?」



(おお!信勝ではないか!懐かしいな… こやつも助けてやらないとな…)



「いや、親父殿に用事があってな。」


「これは珍しい事もある物ですね。では、私はこれにて。」



(珍しいか… さもありなん、当時は「うつけ」と周りから噂され遊びまわっていたからな。)



「父上!三郎が久方ぶりに参上しましたぞ!」


「ええい、やかましい!」



(おお!親父殿!この頃は元気が有り余っているな!懐かしい…)



信長は信秀を見るなり涙ぐむと

「なんじゃ!男が涙を流すとは何事じゃ!」


「いや、久方ぶりに見たので…」


「そちは何を言っておるのじゃ!つい此間会ったばかりではないか!馬鹿者が!!」



(この声、やはり親父殿はこうでなくてはな)



「はっ!」


「なんじゃ?気持ち悪いのぉ。変な物でも食ったのか?で、何用じゃ。ただ単に顔を見に来たのではないのだろう?」


「はっ!実は、兄の信広に護衛を多く付けてほしいのです。」


「これは珍しい事もあるもんだな!」



信長は苦笑し

「それ、信勝にも言われました。」


「で、当然理由があるのだろう?」


「はっ!私はいつも外で遊んでいるのは単に遊びほうけているのではなく、色々な情報を民から仕入れているのです。で、今回耳に入れた情報では今川が兄を拉致しようと企んでいると。」


「ほう!その情報は確かなのか?」


「私の命にかけて!」


「馬鹿者!!軽々しく「命」などと言うでないわ!しかし、その具申受けようではないか!」


「はっ!ありがたき幸せ!では、これにて失礼致しまする。」



(あの三郎がなぁ)’パンパン’と、信秀が手を叩くと忍びの者が天井から降りてきた。



「用件をどうぞ…」


「今の話を聴いていたな?すぐに信広の警備を固めろ!」


「あの三郎様の言う事を信じるのですか?」


「当たり前じゃ!三郎はワシの跡取りじゃからな!ごちゃごちゃ言わずに行け!!」


「は!ただちに!」



(大殿は何を考えているのやら。しかし、命令は命令か…)



しかし、信長の情報は的確で信広は今川に拉致される事なく未然に防がれたのであった。



(これで、竹千代は今川の人質にならなくなったな。さて、次は平手のじぃだな。)



【実史では信長の指導役で平手政秀が、信長の愚考を諌める為自害したとある。】



その当時、信長は世間から『うつけ』とか『織田家の面汚し』とか散々に言われていたが、これは全て信長の策略であった。それを誰1人として理解しようとはしなかった。



信長が外から帰ると毎日のように平手の小言が…

「若!じぃは嘆かわしいですぞ!毎日『うつけ』と言われる殿の事が、そのまま家臣にも戻ってくるのですぞ?その事をどう思っているのですか?」


「言いたい奴には言わせておけばいいのだ!」


「また、そのような事を!濃様もなんとか言って下さい!」



【濃とは斎藤道三の娘濃姫で、実史では西暦1548年に織田家と美濃(現在の岐阜県)の斎藤家と和睦し、その証として濃姫を信長に嫁がせたとある人物。】



「旦那様は、1度言ったら曲げませんゆえ無理です。そうですわよね?」


「で、ある。じぃ、いや平手政秀にだけは真実を話しておく。心して聞くように!」



突然、信長が真剣な面持ちに政秀は驚く。


(いったい、どうしたというのじゃ?あの若が…)



「世間ではワシの事を『うつけ』と呼んでおるのは、その様に風潮される為であるが、その真意は敵に油断させる事にある。その油断で敵がワシの事を軽んじてくれれば儲け物だとな。」


「そのような意図があったのですか… 若の知恵深さに感服致しました。」


「ワシはじぃを誰よりも信頼しているのだ!ずっとワシのお守役として仕えてくれ!」



政秀自身は信長にずっと嫌われていると思っていたので、その言葉に感動し号泣する。


「うおおお!若!じぃは嬉しゅうございます!じぃは織田三郎信長様に寿命尽きるその日まで仕えてまいります!」



(よし、これで自害されずに済んだと見ていいな。次は、辛い事が待っているな)



信長が悲観的になっている理由は2度目の父親の死に直面しなくてはならない事である。



【実史では織田信秀が流行の病にかかり41歳の若さで没した。】

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