第47話
後日。
深鈴の葬儀を終え、蓮弥は深鈴のいた施設へやってきた。彼女の荷物を受け取る為である。蓮弥の頼みで、菜子も一緒に来ている。
「これが、深鈴さんの私物の全てです。」
渡されたのは、小さな紙袋だった。
––…これだけなんだ…
蓮弥は心の中で呟いた。
泣ききって枯れたはずの彼の瞳が、再びじわじわと潤う。
事務的な手続きを終わらせた後、特別に深鈴がいた部屋に滞在する時間をもらった。
蓮弥はひと通り部屋の中を見て回った後、深鈴が使っていたベッドに座る。
「…母さんは、身体に異常があったこと、ずっと施設の人達に隠してたらしい。それで、急に倒れて救急搬送されたけど、病気がかなり進んでて、もう手遅れの状態だったみたい。」
「そう…だったんですね…」
「それと、担当の人は、いつ母さんの記憶が戻ったのか正確にはわからないって。ずっと変化は無かったから、たぶん倒れる直前だろうって言ってたけど。」
蓮弥はそう言いながら、紙袋の中身を確認した。
愛用していた化粧品や、本等が入っている。
そして最後に袋から取り出したのは、一枚のCDケースであった。
「…これ…」
ケースに書かれたタイトルは『Affection』。
菜子がピアノで弾いた曲である。
これは、深鈴が蓮弥を想って書いた曲でもある。
蓮弥はケースを開いた。
「…!」
ケースの中にはCDと紙が入っていた。
所々滲んでいるその紙には、弱々しい文字が書かれている。
––蓮弥。今までずっとごめんね。
私のもとに生まれてきてくれて、
本当にありがとう。
私の宝物になってくれて、ありがとう。
ずっと、ずっと、大好きだよ。
いつまでも、幸せを願ってるよ。––
「母さん…」
気付けば、蓮弥は大粒の涙を流していた。
そして、CDを抱きかかえながら、声を上げて泣いた。
菜子は涙を堪え、蓮弥が泣き止むまでずっと隣で支えていた。
しばらくして、沈黙が流れる。
そして、涙を流し切って落ち着きを取り戻した蓮弥が、口を開いた。
「…母さんは、この曲を聞いて、俺のこと思い出したのかな。」
「そうかもしれないですね。…お母さんは、蓮君を置いていったわけじゃないです。ちゃんと、想いを残してくれてます。」
「……菜子。」
「ん?」
「…俺の前に立って。」
「?」
菜子は言われた通り、蓮弥の前に立つ。
蓮弥は菜子の両手を握って、自分の方へ引き寄せた。
「…蓮弥って呼んで?」
「へっ?」
菜子はわずかに頬を赤らめる。
「…俺、自分の名前が嫌いだった。その名前で呼ばれると、親を思い出して辛かったから。…でも、今なら自分の名前を好きになれる気がする。母さんが、俺を大切に思ってくれてるって、感じるから。母さんが大切にしてくれた俺を、俺も大切にしようって思えた。」
蓮弥は、ぎゅっと菜子の手を握り、菜子を見つめた。
「菜子に、蓮弥って呼ばれたい。」
「!」
「呼んで?」
「……れ、れん、や…」
菜子は顔を真っ赤にして言う。
「…もう一回。」
「……蓮弥っ。」
「……なんか…くすぐったいな…」
蓮弥も顔が真っ赤になり、思わず下を向いた。心臓がきゅんっと跳ね、トクン、トクンと喜んでいる。
「…れ、蓮弥君でも、いいですか…?」
「どうぞ…ちょっとマイルドになった。」
「ぷっ…あははっ!なんですかそれっ。」
菜子は嬉しそうに笑う。
「…また新しく、前を向いて生きていけそう。ありがとう、菜子。」
「私はなんにもしてないです。全部蓮く…蓮弥君が勇気を出して一歩踏み出した結果です。」
「…俺はもう、菜子なしでは生きていけないな。」
「私も、蓮弥君がいない日々なんて、ありえませんっ!」
菜子は蓮弥にぎゅっと抱きついた。
蓮弥は幸せそうに微笑む。
その時、この時期に現れないはずの暖かい空気が、笑い合う2人をふわっと包んだ。
「…母さん、応援してくれてるのかな。」
「きっと、そうです。前を向いて歩こうとしてる蓮弥君を、見守ってくれてると思います。」
「…そうだといいな。」
蓮弥は上を向き、優しく微笑んだ。
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