第48話
数ヶ月後。
また春がやってきた。
菜子と蓮弥は、今年も大空公園の夜桜を見に来ている。今回は蓮弥が菜子を誘った。
彼の耳は、今も問題なく聞こえている。
「この桜は、毎年変わらず私達を迎えてくれますね。」
「うん。俺達は、ちょっとずつ変わっていってるけどね。もちろんいい意味で。」
「うん、そうですね!今年は、蓮君とじゃなくて、蓮弥君と来てます。」
菜子は照れながらニコニコと笑った。
––たまらなく愛おしいな。
蓮弥は優しく笑う。
「今日はちょっと風が冷たいですね。」
「ん、寒い?」
「全然平気です!」
確かに、今日の街はツンと鋭い空気を纏っている。
蓮弥は繋いでいる菜子の手を、自分のポケットの中に誘導する。その弾みで、さらに2人の距離が縮まる。
「ちょっとあったかくなった?」
「は、はいっ。」
菜子は内側から熱を滲ませ、顔を火照らせた。
「そ、そういえば、近所の公園の桜並木も、とっても綺麗ですよね!」
近所の公園とは、菜子と蓮弥がお互い告白した公園のことである。今では2人のウォーキングコースの一部になっている。
「そうだね。俺、桜好きかも。」
「私もです。桜が蓮弥君と出逢わせてくれたので!」
「うん。…この桜が、いろんな始まりを見届けてくれた。」
「本当ですね!蓮弥君との出逢いも、蓮弥君の耳が聞こえるようになったのも、ここでした。」
「…今日も、見届けてくれるかな。」
蓮弥は小さく呟いた。
「ん?」
「……」
蓮弥は立ち止まる。
「…?」
菜子は首を傾げて不思議そうに蓮弥を見ている。
蓮弥は菜子の手を離し、少し距離をとった。
そして、真っ直ぐに菜子を見つめる。
「…榛原菜子さん。」
「…は、はいっ…」
「俺と、結婚してください。」
菜子の目の前に、ケースに入った指輪が差し出されている。
「……ぁ…ぁ…」
菜子は口をパクパクさせている。
驚きと嬉しさで、言葉が出てこない。
「…まだまだ菜子の知らない部分がたくさんあるし、ぶつかり合うことだってあると思う。それでも、俺は菜子と一緒にいたい。もっとお互いを知って、壁も一緒に乗り越えて…俺は、この先の人生を、菜子と一緒に歩んでいきたい…です。」
蓮弥は耳を赤くしながら、真っ直ぐな気持ちで菜子に伝えた。
すると、菜子の瞳からぽろぽろと涙が溢れる。
「…はい。すごくすごく…嬉しいです。…不束者ですが、よろしくお願いします!」
菜子は、幸せそうな満面の笑みで返事をした。
その返事を聞いて、蓮弥も幸せそうに微笑む。
「…左手、出して?」
菜子は蓮弥に言われた通りにする。
蓮弥は菜子の左手薬指に、指輪をはめた。
「わ、ぴったり…嬉しいっ…」
菜子は嬉しそうに指輪を見つめる。
すると、ふわっと身体が包まれた。
蓮弥が菜子を優しく抱きしめている。
しばらくすると蓮弥の力が抜け、ずしっと彼の重みを感じた。
「…良かった…今まで生きてきた中で、1番緊張した…断られたらどうしようって、心ん中震えてた…」
「ふふ、断るわけないです!」
菜子はぎゅっと抱きしめ返す。
「…菜子。」
「はいっ。」
「愛してます。」
蓮弥もぎゅっと強く抱きしめた。
「…私も、愛してます。ずっとずっと。」
2人の鼓動はとても速く、高鳴り合っている。
その音に思わずお互い照れ笑いをした。
それから2人はキスをして笑い合う。
桜が祝福するかのように揺れる音や、2人の幸せそうな笑い声が、この夜を包み込んだ。
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