第44話



時は過ぎ、冬を迎えた。

蓮弥の身体に異常は無い。職場でも笑顔が増え、生き生きとしている。最近は、飲み会に参加することも増えた。



現在、年末年始休暇前の職場の忘年会の真っ最中である。



菜子は安藤の隣の席で飲んでいる。

蓮弥は遠くの席で、同年代に囲まれている。



「榛原さん、有賀君見過ぎ。」



安藤が麦焼酎の水割りを飲みながら、菜子にコソッと囁く。



「へっ!?み、見てないです!」



菜子は危うく烏龍茶をこぼしそうになった。



「まぁ彼、人付き合い良くなったし、顔も良いから心配になるのはわかるけどねぇ。」



実際、蓮弥の目の前にいる新入社員の女性は、目をキラキラと輝かせている。



「…ぅぅ…」



菜子は小さく唸った。



「…ふふ、彼は榛原さん以外全く眼中にないから大丈夫だよ。頑張れ菜子ちゃん!」



安藤は菜子の背中をポンと叩いた。



それからわいわいと賑やかに時間が過ぎ、各々自由に席を移動するようになった。



「お隣、いいですか。」



菜子は上から降る聞き慣れた声に反応する。

見上げると、蓮弥が立っている。



「ど、どうぞ。」



「どうも。よいしょと。」



蓮弥は菜子の隣に座った。



「やっと菜子の隣空いた。」



「…狙ってたんですか?」



「うん。須貝のやつ、中々どかないし、どいたと思ったらすぐ次の人が来るし…」



「…ふふ、私だけじゃなかったんだ。」



「ん?何が?」



「なんでもないですっ。」



菜子は嬉しそうに両手で持ったグラスを傾けた。



「…はぁ、酔ったかもー。」



蓮弥は棒読みで言いながら菜子の肩に頭を預ける。

菜子はドキッとしながら静かに慌てる。



「ちょ、蓮君…!」



菜子は小さな声で言う。



「こうしてれば隣は確保したままだし、あわよくば2人で抜けれるなー。」



蓮弥は目を閉じながら、小声かつ棒読みで言う。



「……」



菜子は嬉しさやときめきを隠しながら静かに烏龍茶を飲んだ。



「お?有賀、榛原さんに甘えて…狙ってんのか?」



2人の関係を知らない男性社員が、蓮弥に向かって言う。蓮弥は寝たふりをしていて、反応しない。



「えと、有賀さん眠気が限界みたいなので…私送ってきますね!そのまま私も失礼させていただきます。」



「あ、そう?有賀に食べられないよう、気をつけてな。」



「たっ、食べられませんよっ!」



菜子は顔を真っ赤にして、蓮弥を連れて居酒屋を出た。



外へ出ると、蓮弥はすっと立って普通に歩き始める。



「ありがと。帰ろ帰ろ。」



蓮弥は嬉しそうに菜子の手を引いて歩く。



「…やっぱ酔ったとか眠いとか嘘…」



「ん?酔ってるよ?ほろ酔いかなぁ。」



「…ふふ、ご機嫌ですね。」



「ふ、普通だよ。」



蓮弥は、あからさまだったと自身を振り返り、少し照れる。



「可愛い。」



「…あんまからかうと、有賀さんに食べられちゃうよ。」



「!」



菜子は顔を赤くして黙り込んだ。




帰宅すると、蓮弥は菜子をそのままベッドへ押し倒す。



「えっ、あのっ、」



気付けば菜子の衣服は床に落ちている。



「食べないとは言ってない。」



「えっ、でも、そのっ、」



––せ、せめてシャワーを…!



「菜子に触る奴とか、ジロジロ見る奴とか、話題に出す奴とか意味わかんない。俺の彼女ですけど。俺のですけどーっ。」



蓮弥は耳を赤くしながら、菜子の胸元にぐりぐりと顔を擦り付ける。



「れ、蓮君っ、やっぱり酔ってるの…?」



菜子は蓮弥が可愛く思えて、頭を優しく撫でる。



「…菜子っ。どんなイケメンが近寄ってきても、どんなに優しくされても、靡いちゃダメだからね。俺だけを好きでいて。約束ね。」



「も、もちろんですよ!蓮君以外考えられません!…れ、蓮君も、私だけにしてくださいっ。」



「俺の想い、ナメないで。とんでもないから。俺の隅から隅まで、菜子のものだよ。」



蓮弥は菜子の頬を両手で包んで、ぐっと顔を近付けながら言った。

菜子は一気に熱を帯び、ボンッと爆発しそうになる。



「…その顔見ると、俺のこと意識してくれてるんだなって思う。ほんと可愛い。止まんなくなる。」



「う……」



「今日は俺のワガママ押し通すから。ごめんね。」



「えっ、あのっ、!」



菜子のシャワーの願いも虚しく、蓮弥にひたすら愛される夜になった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る