第43話



それから、蓮弥の耳は再び聞こえなくなることはなく、季節は夏になった。



新居への引っ越しも済み、菜子と蓮弥は2人で暮らしている。

2人は今、洗濯物をたたみながらテレビを見ている。その時、今年の大空祭りの告知が流れた。



「大空祭りの時期ですねぇ。」



「うん。今年も行きたいな。」



「行きましょう!私も行きたいです!」



「じゃあ…今年は浴衣で行く?」



「浴衣、ですか?」



「うん。菜子の浴衣姿見たい。一緒に買いに行こう。」



「えと…期待に応えられるような浴衣美人にはなれないと思いますけど…」



「絶対可愛い。恥ずかしかったら家の中でだけでも良いから、着てみてよ。」



「う…じゃ、じゃあ、蓮君も浴衣着てください!それが条件です!」



「ん…わかった。」



それから2人で浴衣を見に行き、菜子は白地に落ち着いた赤色の椿の花が散りばめられたデザインの浴衣を選んだ。蓮弥は菜子の浴衣と一緒に、グレーの無難な浴衣を購入した。



そして、祭り当日。

菜子は絢香に着付けと髪のセットをしてもらい、蓮弥との待ち合わせ場所へ急いだ。



待ち合わせ場所に蓮弥がいるのが見える。

菜子は蓮弥の浴衣姿に思わず見惚れ、緊張しながら声をかける。



「れ、蓮君。お待たせしました。」



「…」



蓮弥は振り向いたまま動かない。



「…?」



「…想像以上だった。」



蓮弥は目を逸らして言う。

菜子は首を傾げる。



「…今日は絶対俺から離れないで。1人でいたら、すぐナンパされそう。めちゃくちゃ可愛いから。」



「かっ…!?」



「次からは、迎えに行くね。よし、行こっか。」



「は、はいっ…」



菜子は赤面しながら差し出された蓮弥の手を握った。




そして屋台を満喫し、去年と同じ場所で花火を待つ。



「花火、楽しみですね!」



「うん。ドキドキしてる。」



「ふふ、蓮君可愛いです。」



「菜子には負けます。」



「…ッ。」



菜子は耳を赤くしながら、目を逸らした。

すると、地上からヒューッと一筋の光が空へ駆けた。



やがて光は一瞬消えた後、大きく弾けて赤色の花が咲く。

遅れてドンッという音が、衝撃を連れてやってくる。



「わぁっ…!」



「……」



菜子がチラリと静かな蓮弥を見る。彼は口を開けたまま花火を見つめ、聞き入っていた。彼の瞳が様々な色に輝き、夜に映えて美しい。



花火は次々に打ち上げられ、時折パラパラと散る音が聞こえる。

やがてクライマックスを迎え、ドドドドッと思わず瞬きするような音が無数に弾け飛び、周囲の歓声とともに夜の街を盛り上げた。音の衝撃が全身を駆け巡る。



そして空はいつもの静かな輝きに戻った。

周囲の人々は、ぞろぞろとその場を去る。

しかし菜子と蓮弥はまだ座ったままである。蓮弥の涙が止まらないからだ。菜子も少し涙を浮かべながら、蓮弥の背中をさする。周囲はイケメンが花火に感動して泣いていると、ヒソヒソ話しながら通り過ぎる。



「…花火、どうでした?」



「…すごかった。嬉しかった。…花火って、うるさいね。」



蓮弥は泣きながら笑う。



「ふふ、そうですね。」



「…ありがとう、菜子。」



「?私は何も…わっ。」



蓮弥は菜子を抱き寄せた。



「菜子への感謝が止まらない。俺はいつも、もらってばっかり。…何が1番恩返しになるかわからないけど、俺が一生菜子を守るからね。」



「!」



––そ、それってなんだか…プ…プロ…



蓮弥は自分の発言の意味に気付いていないようだった。

菜子はひとり顔も身体も火照らせていた。

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