第41話
––♪〜
菜子はなめらかに音を奏でる。
彼女が選んだ曲は、蓮弥が昔この公園で口ずさんでいた曲だった。
––小さい頃から大好きだった曲。この曲が弾けるようになった時、嬉しかったなぁ。…ふふ、今でもちゃんと指が覚えてる。
菜子は楽しそうにピアノを弾いていた。
––菜子、楽しそう。何弾いてるのかな。
桜がひらひらと舞う中、ほんのりと灯りに照らされながら演奏する彼女は、何よりも美しく見える。
蓮弥は微笑みながら、菜子が音を奏でる姿をしばらく見つめる。
––♪
「…?」
蓮弥は異変に気付く。
心臓がトクンと跳ねる。
––♪
「……ぇ…?」
耳の奥で微かに音が聞こえる。
––♪〜♪〜
「………ぁ……」
音が徐々に大きく、はっきり聞こえてくる。
––♪〜♫〜
「…!!」
幼い自分を抱きながら歌っている昔の母親の姿が、鮮明に蘇る。
そして、ぶわっと世界が開ける。明ける。
蓮弥の世界が輝いた。
全身に鳥肌が立つ。
ドクン、ドクンと鼓動が痛いくらい響く。
ピアノのひとつひとつの音が蓮弥の耳から身体と心に染み渡って行く。
––…この曲……そうか…俺……
蓮弥の瞳から、大粒の涙が溢れた。
「ふぅっ。」
菜子は曲を弾き終わり、笑顔で蓮弥の方へ顔を向けた。
「…!?蓮君…!?」
菜子は手で拭うことなくぼろぼろと涙を流す蓮弥に驚き、慌てて駆け寄る。
「……菜子。」
蓮弥は、ぼろぼろと涙を流したまま菜子を見つめる。
「ど、どうしたの…?」
「…聞こえるよ。」
「…え…?」
「菜子の声、聞こえる。聞こえるんだ。自分の声も、ピアノの音も、風の音も、全部…全部…うっ…ううっ……」
蓮弥の涙はさらに溢れる。
「…うそ…蓮君…!!」
菜子は嬉しそうに座ったままの蓮弥を抱きしめた。蓮弥は彼女の胸に顔を埋める。
「…聞こえる…菜子の心臓の音。トクンって…跳ねてる…」
「うん!嬉しくて、蓮君が大好きで跳ねてるんだよ!蓮君っ…私の心の音、聞こえるんだね。ずっと、届いて欲しかった音だよ。…大好き、大好きだよ!」
菜子は泣きながら喜んでいる。
「菜子…菜子…ぅ……ぅ…うぅっ…うわあぁあっ…!」
蓮弥は声を上げて泣いた。
情け無い自分の泣き声が聞こえるのも、今は喜びでしかなく、涙をさらに溢れさせた。
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