第32話



2日後。



「……ぅ…」



菜子はゆっくり目を開ける。

視界が酷くぼやけている。



「菜子…!?」



人影が見える。

瞬きを繰り返すと、人影がはっきり見えてきた。



「…蓮…君…」



菜子はガサガサの声で言う。



「……良かった………」



蓮弥は泣いている。



「…私…」



「…ごめん…菜子、ひったくりに車道に弾き出されて、車にはねられたんだ…」



蓮弥は俯きながら言う。



「…そっか…蓮君は怪我ない?」



「ないよ。菜子が守ってくれたから。…ごめん。」



「良かった。でも、蓮君は悪くないよ?」



「……先生呼ぶね。」



蓮弥は医師を呼び、菜子は診察を受けた。その後、医師から容態の説明を受ける。しばらく入院のようだ。

その後、事情聴取や入院の手続きなどが立て続けにあったが、蓮弥が付き添って協力し、あとは療養して退院を待つだけとなった。



騒がしさがなくなり、2人きりになる。



「…菜子のこと、菜子の幼馴染の中込君が助けてくれたんだよ。たまたま通りかかって。」



「駿ちゃんが…?」



「うん。菜子のこと、さっき連絡しといた。いつかお見舞いに来ると思うから。」



「そ、そっか…」



「……」



「……」




2人はしばらく黙りこむ。

菜子は少し気まずさを感じている。



「…えと…」



菜子は話題を考えながら声を出す。



「…菜子。」



蓮弥が口を開いた。



「はいっ。」



菜子は少し緊張して返事をする。



蓮弥は少し間を置き、菜子の方を見ずに言葉を放った。









「別れよう。」









「…え?」



菜子は言葉の意味が理解できなかった。



「別れてほしい。」



「…なん…で…?」



「菜子といるのが、つらくなった。」



「…え…」



「いいよね?菜子も俺のせいで、大変な思いしちゃったし。」



「だからこれは蓮君のせいなんかじゃ…!」



「別れて。お願い。」



「……本気…なの…?」



「本気だよ。」



「……」



菜子の目からぽたぽたと涙が流れる。



「…じゃあ、行くね。」



蓮弥は立ち上がった。



「ま、待って…!」



蓮弥は振り返ることなく病室を後にした。



「なんで……嘘だよね…?蓮君……」



菜子は涙が止まらなかった。




一方蓮弥は、早足で病院を出た後、走って家に戻った。

家に着くと、すぐさまベッドに倒れ込み、顔を布団に押し付けてむせび泣く。



「俺がっ……俺がこんな人間じゃなければっ…俺が…俺のせいで…ごめん……菜子……菜子ッ……」



蓮弥はひたすら菜子の名前を呼んだ。

名前を呼ぶ度に彼女の笑顔や思い出が浮かび、さらに心をつらくさせる。それでも蓮弥は全てを吐き出すかのように呼び続けた。





そして涙が枯れた後、天井を見つめる。



「…これで良かった。これで元通り。」



蓮弥はそっと心を閉じた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る