第31話



「…な……こ……?」



菜子が車道で倒れている。

現実が受け入れられず、視界が歪み、息を忘れる。

頭が割れそうなくらい痛み、鼓動が故障しそうなくらい速い。

蓮弥はフラフラしながらも、急いで菜子のもとへ向かう。



「菜子…菜子…!」



蓮弥は身体に触らずに声をかける。

しかし菜子の反応は無い。

そして、彼女の頭から血が流れているのが見えた。



「…ハッ……ハッ…」



蓮弥は過呼吸になる。

息の仕方がわからない。



「…きゅ…救急車を!!!救急車をお願いします!!」



蓮弥は菜子をはねた車の運転手に叫ぶが、相手はパニックになっていて、スマホを取り出す素振りを見せない。



「誰か!!救急車を!!!!」



蓮弥は周囲の野次馬に叫ぶ。

しかし、耳が聞こえないため、呼んでくれているのかわからない。

自分で呼ぼうと電話をかけるが、コールも相手の応答もわからない。



「…だ…誰か……」



蓮弥は涙をぼろぼろと流しながら、反応の無い菜子を見つめる。



「…なっちゃん!?」



男性が走ってくる。

近付いてきたのは、駿太であった。

蓮弥は突然現れた駿太に驚く。



––あの時の菜子の友達…



蓮弥は駿太の顔を見て、思い出した。



「嘘だろ…なっちゃん!?」



駿太は声をかけるが、反応が無い。



「助けてください!」



「!?」



蓮弥は駿太の両肩を掴み、駿太は驚く。



「俺は、俺は、耳が聞こえません!菜子を助けられない!菜子を助けてください!救急車を!お願いします!」



蓮弥は泣きながら叫んだ。



「わ、わかりました!」



駿太はすぐに救急車を呼んだ。

しかし野次馬が既に呼んでいたようで、すぐに救急車が到着した。





菜子はそのまま手術室へ運ばれ、蓮弥と駿太は病院の待合室で待機する。



「…菜子……ごめん…俺のせいで……」



蓮弥は菜子の無事を祈りながら、ずっと泣き続けている。

駿太はその姿に胸が苦しくなる。



「…あの…」



駿太が声をかけるが、反応が無い。



––本当に聞こえないんだ…



駿太は蓮弥にそっと近付き、肩を叩いた。

蓮弥は少し驚きながら駿太を見る。

駿太は蓮弥にスマホの画面を見せた。



––俺、なっちゃんの幼馴染なんです。たまたまあの道を通りかかって。



––貴方の声、ちゃんとみんなに届いてましたよ。だから早く救急車が来たんです。貴方はちゃんとなっちゃんを助けました。自分を責めないで。



「……」



蓮弥は駿太を見つめながら、さらに涙を流す。

駿太は蓮弥の背中をさすった。







そして、手術室の扉が開いた。

医師が部屋から出てくる。



「…!」



駿太は蓮弥の肩を叩いて知らせる。

そして蓮弥と駿太は立ち上がる。



「…大丈夫、命に別状はありません。頭部の傷は縫合しました。CTも異常無しです。じきに意識も戻るでしょう。ただ、右腕の骨折と全身の打撲がありますので、しばらくは安静にしていただく必要があります。」



「…良くはないけど良かった…ありがとうございます。」



駿太は不安な顔のままの蓮弥の肩を叩き、「無事」とゆっくり言った。



「……良かった………」



蓮弥は崩れ落ちそうになり、駿太に支えられる。



「……先生、ありがとうございます…」



蓮弥は再び涙を流しながら言った。




その後蓮弥は駿太から詳細を文字で教えてもらい、命に別状はないが重傷であることを知る。

そして、意識がなく痛々しい姿の菜子が手術室から病室へ運ばれた。



それから蓮弥は菜子から離れることなく、手を握り続けた。

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