第28話



連休が明け、いつもの日々が始まった。

まだまだ暑さが厳しい。

蓮弥は休憩時間に、自動販売機へ向かった。

すると、自動販売機の近くで菜子が現場の仲間である須貝すがいと楽しそうに会話をしているのが見える。



「お疲れ様です。」



「あ、お疲れ様です!」



無表情の蓮弥の挨拶に、菜子は嬉しそうに挨拶を返す。



「お疲れ!…でさ、あの表情がたまらなく面白かったよね!」



須貝は蓮弥に挨拶を返した後、菜子と話の続きを再開する。



「はい!最高でした!私あのコンビ推しなんですよー!」



「そうなの!?俺もだよ!菜子ちゃんと気が合う!」



「…何の話してるの?」



蓮弥は思わず話に割り込んだ。



「えっ…昨日のバラエティ番組の話!菜子ちゃんも見たって言うからさ!有賀も見た?」



「見てない。」



「まじかぁ!面白いから見てみ!毎週やってっから!」



「…気が向いたら。」



蓮弥は菜子をチラリと見た。



「…あ、菜子。肩に糸付いてる。」



蓮弥は菜子の肩についている糸屑を払う。

菜子と須貝は蓮弥の言動に驚きを隠せない。



「じゃあ、お疲れ様。」



蓮弥はそのまま行ってしまった。



「…あいつ、菜子って言った!?」



「あぁあ…えっと、実は有賀さんとも親しくさせていただいてまして!いつのまにかって感じですかね!?」



「話に首突っ込んでくるのも初めて見たし…有賀、菜子ちゃんに気があるんじゃ…」



「い、いやぁ!?どうなんでしょうね!?あははっ!」



菜子は慌ててはぐらかした。






終業後、菜子は1人で会社を出る。

しばらく歩くと、蓮弥がスマホを操作しながら立っているのが見えた。

菜子は辺りを見回し、社員がいないのを確認して蓮弥に近付く。



「…あれ、蓮君?」



「…あ、お疲れ。」



「どうしたんですか?」



「菜子待ってた。一緒に帰ろうと思って。」



「えっ…!」



「だめだった?」



「ううん、嬉しいです!帰りましょう!」



菜子はたちまち笑顔になる。

2人は並んで歩き出した。



「今日の休み時間、ちょっとびっくりしました。」



「あー…ごめん、つい。」



「ついだったんですか?」



菜子は少し笑う。



「…あいつ、菜子ちゃんだなんて、馴れ馴れしいし。」



「…や、やきもち…?」



「……違うし。」



蓮弥は菜子を見ず、まっすぐ前を見て言うが、耳と顔が赤くなっているのがわかる。



「…ふふ、嬉しい。」



菜子はくすぐったい気持ちになり、思わず笑顔になる。



「…でも、悔しい。」



蓮弥は一転、切ない表情を浮かべる。



「…?」



「俺は夜のテレビ番組の話ができない。居酒屋にもまともに行けないし、夜のドライブにも連れて行ってあげられない。夜の音を菜子と一緒に聞いて、感じて、話せない。…なんでこんな俺なんだろうって思う。普通の人が物凄く羨ましい。」



「…蓮君…」



「…ごめんね、こんな俺で。」



「…謝らないで。」



菜子は立ち止まった。

菜子の表情から微かに怒りが見える。



「…菜子…?」



「私は、蓮君だから好きになったんだよ?昼の蓮君も夜の蓮君も全部全部ひっくるめて好きになったの。私の好きな人を否定しないで。罪悪感を持たないで。」



「……ごめん…」



「約束して。自分を否定しないって。」



菜子は小指を蓮弥に向ける。



「…ありがとう。」



蓮弥は目を潤ませながら微笑み、小指を繋いだ。



「それに、いつかまた聞こえるようになるかもしれないし!希望を捨てちゃダメですよ!」



「…うん、そうだね。」



「…はぁ、蓮君のせいでお腹空きました!ご飯連れてってください!」



「…ははっ、喜んで。」






そして、2人はそのまま食事をした。

店を出た後、蓮弥は菜子を家まで送る。



「…ねぇ、菜子。」



「うん?」



「今日、家に泊まってかない?」



「へっ?」



「仕事セット持ってさ。俺も手伝うから。…もっと一緒にいたい。」



「…うんっ、泊まる!」



菜子は嬉しそうに返事をした。



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