第25話
2人は菜子のアパートに荷物を置き、
静かな通りに出る。
8時になり、一度2人は立ち止まった。
そして、菜子は蓮弥の手を握る。
蓮弥の手は少し震えている。
菜子はそれに気付くと、さらに強く手を握った。
「大丈夫です。大丈夫。私がいますから。」
「…うん。」
蓮弥は目を閉じる。
しばらくすると、ぷつんと頭の中に音が響き、無音の世界になる。
蓮弥は、ゆっくり目を開けた。
先程と変わらない景色。
しかし、隣には、笑顔の菜子がいる。
それだけで、夜の街が輝いて見えた。
––大丈夫?
菜子がメッセージを送る。
蓮弥は少し微笑みながら、頷いた。
––ちょっと歩きましょうか!
蓮弥は再び頷き、菜子に手を引かれながら歩く。
菜子は車道側を歩いている。
月、星、外灯、家屋から漏れる明かり、
車のライト、夜風、匂い、温度…
蓮弥は、ずっと見ていなかったこの時間の景色を、心に刻みながら眺め、全身で感じている。
斜め前には、自分の手を引く最愛の人。
時折、目が潤んで視界がぼやける。
そして、2人の思い出の公園へやってきた。
お互いが告白したベンチに腰掛ける。
2人の間に隙間は無い。
––楽しいですか?
菜子がメッセージを送る。
「うん。とても。」
蓮弥は口頭で答えた。
「良かった!」
菜子は蓮弥を見て、ゆっくり言った。
蓮弥は菜子を見つめた後、メッセージを打ち始める。
––昔、菜子が俺を見かけた日、
あの日が耳が聞こえなくなって最初で最後の夜の外出だった。あの日、もう死んでもいいかなって思ってたんだ。もし無事に家に帰ってこれたら、もう少し頑張って生きようって、賭けをしてた。
––帰ってこれて良かった。今は、生きたいって思う。菜子のおかげだよ。ありがとう。
「蓮君…」
菜子は目を潤ませながら、メッセージを打つ。
––こちらこそ、ありがとうございます。蓮君と一緒にいられて、生きることが楽しくて、幸せです。私に、恋を教えてくれて、大切な人になってくれて、ありがとう。
蓮弥と菜子は微笑みながら見つめ合う。
そして、キスをした。
それからしばらく、菜子と蓮弥は夜風を浴びながら星を眺めていた。
夜も更け、辺りは静まりかえっている。
木々が涼しい夜風を浴びて、嬉しそうに揺れながら、音を奏でる。
虫の美しい鳴き声が、次の季節を呼んでいる。
しかし蓮弥は、それに気付くことができない。
「…蓮君に、届く日が来るといいな。」
菜子は小さく呟いた。
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