第19話
土曜日。
いつもの待ち合わせ時間である13時。
今日は期間限定で、サーカスが来ているとのことで、菜子と蓮弥は2人で観に来た。
「私、サーカスなんて見たことないです!」
「俺も。」
「なんだか緊張しますね…ナイフとか飛んできたらどうしよう…」
「ははっ、それはないでしょ。」
––ドンッ。
「あっ、すみませんっ…」
菜子はぶつかった相手に謝罪する。
相手はこちらも見ずに行ってしまった。
「大丈夫?人、すごいね。」
「さすが期間限定です…」
「……はい。」
「?」
蓮弥は手を差し出している。
「はぐれないように、俺の服か手、掴んでて。」
「…!」
菜子は顔を赤らめる。
「……そ、そんなの…ずるいです…」
菜子は小さく呟きながら、手ではなく服の裾を控えめに掴む。
「……ごめん、意地悪だった。」
蓮弥も小さく呟き、菜子の手を服から離して握った。
「!」
菜子は恥ずかしさで蓮弥の顔を見ることができなかった。
席に着き、辺りを見回す。
薄暗く、階段状の座席が一周ぐるりと並んでいる会場である。
多くの観客が来ており、騒がしい。
菜子達の席は、やや後ろである。
「楽しみですね!」
「うん。」
蓮弥は静かに微笑む。
14時になり、ショーが始まった。
菜子は終始興奮しており、指示に合わせて手拍子や拍手をして楽しんでいる。
蓮弥も初めて見るショーに感動しつつ、時折菜子が楽しむ様子を見つめていた。
中盤に、一瞬大きな炎がステージを包み込む。
その一瞬に、たくさんの悲鳴や歓声が上がる。
「ぎゃ!」
菜子も例に漏れず、驚きの声を上げる。
「……」
蓮弥は顔をほのかに赤らめる。
「…わ!すみません!」
菜子は蓮弥の腕にしがみついていたことに気付き、慌てて離れる。
そして、ショーが終わり、会場を出る。
来た時よりも混雑しており、ゆっくり前に進む。
「楽しかったですね!ずっとワクワクしてました!でもナイフと火のやつは、ハラハラしたなぁ!」
「そうだね。榛原さん、子どもみたいに楽しんでた。」
「う、お恥ずかしい…」
––ドンッ。
「すみません。」
蓮弥が女性とぶつかり、謝罪する。
「こちらこそ!」
女性は謝りながら蓮弥を見上げると、ポッと赤くなった。
蓮弥は気にすることなくそのまま進み始めたが、菜子は心穏やかではなかった。
––有賀さん、かっこいいもんな…
菜子は安藤の言葉を思い出し、ネガティブな感情が生まれる。
「…榛原さん?」
「…髪、そんなに素敵になるなんて、思ってなかったです。」
菜子は蓮弥の顔を見ずにぽつりと言う。
「えっ…」
蓮弥の顔が赤くなる。
「…また、はぐれそうですね。」
「……」
「…!」
蓮弥は何も言わずに菜子の手を握った。
菜子は恥ずかしさはあったものの、先程とは違い、嬉しさが入り混じっていた。鼓動がリズミカルで、心が喜んでいるのを実感する。そして、蓮弥の手の大きさを改めて感じ、自分のコンプレックスである手指の長さをかき消してくれる。
––…こんなこと、もう二度とないかもしれない。…いや、あっちゃいけないか。
菜子は切なく笑う。
そして、この瞬間を大切に心にしまいながら歩いた。
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