第17話



「……」


「……」



沈黙が流れる。

お互い下を向いている。

蓮弥は菜子の腕を掴んだまま離さない。



菜子はチラリと蓮弥を見る。

涙は止まっているが、代わりに顔が赤くなっている。



「…かわいい…」



菜子は思わず呟いた。

そして、ふと蓮弥の髪が濡れたままのことに気付き、メッセージを打つ。



––髪、乾かしましょうか?

 風邪引いちゃいそうです。



蓮弥は菜子をちらっと見て、頷いた。



菜子はドライヤーを持ってきて、蓮弥の髪を乾かす。

ふわふわの髪に触れるたび、心臓の音が強くなる。



一方蓮弥も、髪に指が触れるたび、ドクドクと熱い血が全身を駆け巡る。



髪を乾かし終わると、菜子はメッセージを打ち、やりとりをする。



––終わりました!いい感じです!



––ありがとう。



––有賀さん、髪もっと短くした方がいいですよ!綺麗な瞳が隠れてもったいないです!



––そうかな。



––そうです!仕事の時も邪魔じゃないですか?



––まあ、たしかに。



––でしょ!



菜子はニコニコと笑った。

そして、ドライヤーを片付けて戻ってくると、

蓮弥はスマホで文字を打っている。



––ごめん、今日もしかして用事あった?



菜子は手と首を振った。



––良かった。



––有賀さん、声も出せなくなっちゃうんですか?



菜子は、ふと疑問に思ったことをメッセージで送る。



––いや、音が不安であんまり出したくないだけ。



––私は全然気にしないですよ!声出したくなったら、出してください!



蓮弥はスマホを見たまましばらく黙り込んだ。

そして、菜子を見る。



「…菜子。」



「!!?!?」



菜子はボボボッと一気に顔が熱くなり、頭の上から煙が立ち上る。



「…合ってる?」



「…あ、合ってます…」



菜子は何度も頷いて蓮弥に示した。



蓮弥は微笑みを菜子に向けた後、スマホに目を落とす。



––短い言葉なら、大丈夫そう。



––良かったでし!



菜子は慌てて文字を打って、誤字のまま送る。



「あははっ!」



蓮弥は一瞬、思いきり笑った。



菜子はその笑顔を見て、封印していた恋心の鍵が開いてしまいそうで、思わず下を向いて口を噤む。



蓮弥はしばらく菜子を見つめて、また文字を打ち始めた。



––抱きしめても良いですか。



「…!」



菜子は蓮弥を見ないまま、小さく頷いた。



すると、ふわっと体が浮いた。

蓮弥が菜子を抱き上げたのだ。



「えっ、えっ?」



菜子はそのままベッドにゆっくり寝かされた。

蓮弥は菜子に覆いかぶさる。



気付くと、蓮弥の顔が目の前にある。

菜子は全力疾走の後のような速さの鼓動で、

全身がドクドクと脈打っている。

すぐにでも逃げ出したいが、

蓮弥の綺麗で真っ直ぐな瞳から目が離せない。



蓮弥の顔がゆっくりと、さらに近づいてくる。

菜子は思わずきゅっと目を瞑った。



しかし、唇が触れ合う手前で蓮弥は顔を離し、菜子を抱きしめた。



「……菜子…」



蓮弥は小さく呟いた。



––…今だけ…今…だけ…また…好きになってもいいかな…。



菜子は蓮弥を控えめに抱きしめ返す。

すると、蓮弥の抱きしめる力が少し強くなる。



2人はその後、何も言わずに眠りについた。


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