第16話



午後7時50分。

菜子と蓮弥は向き合って座っている。



蓮弥は不安そうに下を向いている。

菜子は心配や緊張や覚悟や苦しみ…様々な感情が複雑に入り混じった表情で、蓮弥を見つめる。



しばらくして、蓮弥は目を閉じた。



そして、8時をまわった。



ぷつんと、テレビを消したような音。

蓮弥はゆっくり目を開ける。



無音の世界が広がっている。



蓮弥はスマホを取り出し、菜子にメッセージを送った。



––今、聞こえなくなった。



「……」



––寂しかったですよね。



菜子からメッセージが送られ、蓮弥は菜子を見る。菜子はまだ文字を打っている。



––でも、会話の手段はたくさんあります!こうやって、メッセージでやりとりもできますし!聞こえなくても、一緒に楽しむことはできます!



––俺のこと、気持ち悪いとか重いとか、面倒とか思わないの?



「まさか!」



思わず菜子は叫ぶが、蓮弥には聞こえていない。慌ててメッセージを打つ。



––まさか!むしろ嬉しいです。私に打ち明けてくれて!私に何かできることがあったら、なんでも言ってください!



菜子は蓮弥に笑顔を向けた。




ずっと隠していた奇妙な自分を初めて見せた相手は、涙を流しながらも笑っていた。



曇りのない、優しい笑顔だった。



蓮弥は、それが何よりも嬉しく、

命を救われた気がした。



蓮弥はぽたぽたと涙を流す。



「あ、有賀さん…!?」



菜子は慌てている。

蓮弥はスマホに目を向けた。



––榛原さんに、出会えて良かった。



メッセージを見た菜子は、ボッと赤くなる。



––ありがとう。



––こちらこそです!これからも、仲良くしてください!



菜子はメッセージを送った後、再び笑った。



蓮弥は菜子を見ながら頷く。

それから、菜子は蓮弥の涙が止まるまで、何も言わずにそばで座っていた。





蓮弥の涙が止まり、しばらくして菜子はメッセージを打つ。



––すみません、夜遅くまで!

 私、そろそろ帰りますね!また連絡します!



菜子は立ち上がろうとする。



しかし、蓮弥は菜子の腕を掴んだ。



「!?」



菜子は思わず蓮弥を見る。

蓮弥は下を向いたまま動かない。

よく見ると、耳が赤くなっている。

しばらくすると、片手で文字を打ち始めた。



––もう少し、いて。



「……は、はい…」



菜子は鼓動が速くなるのと、自分の体温が上がっていくのを感じながら、おとなしく座り直した。



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