第14話



「…すみません、シャワーありがとうございました…」



菜子は顔を真っ赤にしながら、恐る恐る部屋に戻ってきた。

ずぶ濡れで蓮弥の家に到着したため、蓮弥はまず菜子を風呂場に押し込んだのだ。

菜子は、蓮弥のスウェットを着ており、ぶかぶかである。



「くしっ。」



蓮弥は丁度、くしゃみをしていた。



「わ!有賀さんもすぐお風呂入ってください!」



「ん、わかった。ちょっと待ってて。」



蓮弥は風呂場へ行った。

菜子は蓮弥の部屋の隅に正座する。



––どどどどうしよう…秘密もドキドキするけど…この状況もバックバクだよ……恋心はもう封印したのに…



その時、柔軟剤の香りがふわっと菜子を包んだ。犯人は、着ているスウェットのようだ。



––有賀さんの匂い……つらい…



菜子は今にも泣きそうであった。





「ごめん、お待たせ。」



蓮弥がタオルで髪を拭きながら戻ってきた。

いつも前髪で半分隠れている目が、今はよく見える。

切長気味の奥二重。綺麗な瞳に、菜子は吸い寄せられそうになる。



「い、いえ…」



菜子は思わず目を逸らした。



「…え、なんでそんな隅っこ?」



「な、なんとなく…?」



「…ふふ、もっとリラックスしていいよ。ほら、こっち。」



蓮弥は床に胡座をかき、手招きした。

菜子は下を向きながらささっと移動し、蓮弥の正面に座る。



「今日、楽しかったね。」



「!はいっ、今日もとっても楽しかったです!シューティングゲームはちょっと怖かったですけど…」



菜子は蓮弥に笑顔を向けた。



「榛原さん、めちゃくちゃビビってたもんね。ホラー苦手なんだ?」



「寝ればすぐ忘れるので、見れないことはないんですけど…ゲームだと思って油断してましたね…」



「結構迫力あったもんね。」



「はい…すみません、すぐゲームオーバーになっちゃって…次はホラーじゃないやつ、やりましょう!」



「うん。」



そして、蓮弥は黙り込む。



「…有賀さん?」



「………榛原さん、あのね。」



「?」



蓮弥は下を向いている。

菜子はふと蓮弥の手元を見る。

そして、菜子は驚いた。



蓮弥の握った拳が震えている。



「………」



蓮弥はなかなか声が出ない。






その姿を見て、菜子は蓮弥の拳にそっと手を添えた。



「…!」



蓮弥は思わず菜子を見た。



「…無理に話そうとしなくて、大丈夫ですよ。私はいつまでも待ちますし、いつでも聞きます。」



「……榛原さんがいなくなるのが、こわい…俺の話を聞いて、離れていくんじゃないかって…」



「約束します!そんなこと、絶対にしません!どんな有賀さんでも、ずっと友達です!」



菜子はさらに強く蓮弥の拳を握った。



「……ありがとう…。」



蓮弥は大きく深呼吸をした。



「……会社では、家が大変ですぐに帰らないといけないって嘘ついてること。夜に誰とも会わないこと。…全部、理由がある。」



蓮弥はもう一度深呼吸する。

そして、覚悟を決めた。








「…俺、夜に何も聞こえなくなるんだ。」


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