第9話



菜子と蓮弥は会社近くのコンビニで昼食を買い、広場のベンチに腰かける。



「あのさ…この前俺の家に来たこと、会社の人に言った?」



蓮弥が菜子に尋ねた。

菜子は口に入れたおにぎりをごくりと飲み込む。



「い、いえ!まだ誰にも言ってないです。」



「良かった。できれば、誰にも言わないでほしい。俺、会社の人達に家族と暮らしてると思われてるから。その方が都合が良いんだ。」



「そ、そうなんですね…わかりました。というか、むやみやたらに言えるような話でもないですし…そこは心配しないでください。」



「ん、ありがとう。」



「……なんでかは、聞かない方がいいです、よね。」



「ん?」



「あ、いや!なんでもないです!」



「…あー、一人暮らし隠す理由?」



「いや、すみません!出しゃばりました!もしかしたら、何かお手伝いできるかなぁって思っただけです!すみません!」



「………ただ、プライベート重視したいだけだよ。特に理由はない。」



「……そ、そうですか……わかりました。これ以上は聞きません!安心してください!」



「え?」



「いや!あの、有賀さんが苦しそうに笑うから、踏み込んで欲しくないんだなって…だから、大丈夫です!聞き出したりしませんから!」



「…そう。」



2人はその後、無言で昼食を食べ終え、会社に向かって歩く。



「…ねぇ。」



蓮弥が突然菜子に呼びかける。



「は、はいっ!」



菜子は驚きながら返事をした。



「………俺、笑うの下手?」



「…へ、下手といいますか…なんといいますか…とてもつらそうです…。あ!すみません、また余計なことをっ…あの、私、前の会社でいじめられてまして、人の表情の変化には人一倍敏感なんです!だから下手とかではなく…」



「…そっか。榛原さんにはバレるのか。てか、榛原さんこそ大丈夫?いじめだなんて…」



「私は大丈夫です!強いので!もうポジティブ全開、有り余ってます!」



「…ははっ、なんだそれ。」



「なんとかなる!私は大丈夫!つい、そう思っちゃうんです。苦しい時に悪い方に考えちゃうと、もっともっと苦しいところへ自分を捨て置いちゃう気がして…自分で自分を諦めたくないんですかね…自分を最後の最後まで信じて応援してあげられるのは、自分しかいないですから…」



「………」



「あっ、でも、自分って、自分の限界に気付かないこともあるんです!そういう時に、自分のことを大切に想ってくれる誰かが、教えてくれたり助けてくれたりすることもあるんですよ!自分も相手を大切に想っていれば、素直に耳を傾けられるし、素直に頼れるんです!」



「…榛原さんには、そういう人がいるんだ。」



「はい!3人の友達なんですけど、もうお世話になりっぱなしで…えへへ。」



「…羨ましいな。そんな人がいて。俺にはそんな人いないし、榛原さんみたいに強くなれない。」



蓮弥は天を仰ぐ。

菜子はその悲しい横顔に胸がぐっと苦しくなる。



「…あの、有賀さん。」



菜子は立ち止まる。

蓮弥は数歩先で立ち止まり、菜子の方を見る。



「…ん?」



「も、もし、よろしければ…あの、お、お友達、に、なってくれません、か?」



「……ん?」



「いつか、苦しいのを苦しいって吐き出せるような、そんな友達を目指したい、です…ご迷惑じゃなければ…」



「………」



「…め、迷惑ですよね!会社の人間だし!す、すみません!さっきからずけずけと…」



「…なってくれる?」



蓮弥は菜子の方に体を向け、彼女を見つめる。



「え…?」



「友達。なってくれますか?」



「…!よ、喜んで!!」



菜子は頬を赤らめながら勢いよく返事をした。



「ありがとう。……じゃあ、これ、連絡先。」



蓮弥はスマホを差し出した。

耳が少し赤くなっている。



「!!!は、はい!!」



菜子は真っ赤になりながら、連絡先を交換した。

そして、2人はそれぞれ持ち場に戻る。



––有賀さんの連絡先…!!どどどどうしよう…



菜子は1人、心臓を爆音で鳴らしていた。


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