第7話


翌朝。



「…ん…ぅぅ…」



菜子はゆっくり目を開ける。

そして、ぐぐっと伸びをする。



「…………ん?」



いつもの朝と風景が違う。

菜子は気付いた。いつもの部屋ではない。

そして、いつものベッドではない。

自分は、昨日と同じ服。



「え!?え!?待って…あれ?私昨日…」



菜子は慌てふためき、昨日の記憶を一生懸命掘り起こしている。



「…ん…」



下から声と物音が聞こえた。

菜子は恐る恐る音のした方へ目を向ける。



蓮弥が寝ている。



「……!?!!?!?」



菜子は混乱した。

昨日の記憶を死にものぐるいで掘り起こそうとするが、飲み物を飲んだ後の記憶がすっぽり抜けている。



「どどどどうしようどうしてどうするのどうしよう…」



菜子はぶつぶつと小声で呟き始めた。



––…逃げよう。うん。消え去れば、有賀さんも夢だったと思うかも。



菜子は静かにベッドから降り、忍び足でドアに向かう。



「……んぁ…起きたの…」



ドアに手をかけようとしたその時、

蓮弥が起きて菜子に声をかけた。



「ひっ…!あ、ああああの…」



菜子は再び慌てふためく。

蓮弥はスマホの時計を見た。朝8時をまわっている。



「…ふぅ。」



蓮弥は安堵にも似たため息をつく。



「ごごごごめんなさい!!大変申し訳ございませんでした!!あの、あの、私、記憶が飛んでしまっていて…!」



菜子は勢いよく土下座する。



「…あ、そうなんだ。大丈夫だよ、何も無かったから。榛原さん、間違ってお酒飲んじゃったみたい。」



蓮弥は柔らかく微笑む。

可愛らしい寝癖と合わせて、菜子は胸をきゅうっと締め付けられる。



「そ、そうなんですね…良くはないけど良かった…本当にすみません、ご迷惑おかけして…」



菜子は再び土下座する。



「いいって。俺も勝手に自分の家に連れ込んでごめん。榛原さんの家、わかんなくてさ。」



「すみません…わ、私雑草並みに強いので、今度からその辺に捨てといて大丈夫です…」



「ははっ、雑草て。…あ、もしかして帰ろうとしてた?」



「あ、えと…」



「ちょっと待ってて。送るよ。」



「え゛っ!だ、大丈夫です!もう朝ですし、これ以上ご迷惑おかけするわけには…」



「コンビニ寄るついで。」



「う…」



そして、2人は外に出た。

しばらく無言で歩き続ける。



「…昨日のこと、本当に覚えてないの?」



蓮弥が沈黙を破った。



「すみません…。や、やっぱり私何か…?」



「…いや、何にもなかったよ。」



「え゛。なんですか今の間!!」



「何もないって。逆に、なんかあったらどうするつもりだったの。」



蓮弥は軽く微笑みながら言う。



「う…それは…」



菜子は下を向いて口ごもる。



「本当に何もなかったよ。安心して。」



「…すみません。」



それから、また無言の時間が続く。



––あぁ、やってしまった。完全に嫌われた。だめだ。終わった。さよなら、私の大切な恋…。



ぐるぐると、後悔と悲しみが菜子の頭の中を駆け巡っている間に、菜子のアパートへ到着する。



「…ぁ、すみません…私の家ここなので…」



「あ、そうなんだ。じゃ、お疲れ様。」



「あ…はい…お疲れ様でした…本当にありがとうございました…」



菜子は静かにゆっくり頭を下げる。



「…本当に気にしなくていいよ。楽しかったから。」



「…有賀さん…お優しいんですね…ありがとうございます……じゃあ…すみません…失礼します…」



菜子は蓮弥に背を向ける。



「…ね、榛原さん。」



「…はい…?」



菜子は少し振り返る。



「……あー、えと、なんでもない。じゃ。」



蓮弥は足早に帰っていった。



「……はぁ…さよなら…私の恋…」



菜子は蓮弥の背中を見つめながら、小さく呟いた。






一方、蓮弥は焦っていた。



––びっくりした。なんで俺、引き止めた?何を言おうとした?…身の程を弁えろ、俺。俺はあの子の期待には応えられない。昨日のことは忘れろ。



蓮弥は動揺してコンビニを通り過ぎ、そのまま帰宅した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る