第5話



それから、菜子は蓮弥と話すことなく、ただ目で追う日々が続き、3ヶ月が経過した。




「ねぇ、榛原さん。有賀君とはどう?」



休憩時間に安藤が菜子に尋ねてきた。



「えっと…実は…何も…」



「ありゃ。まぁそんな簡単にはいかないか。…あ、そうだ。ちょっと遅くなっちゃったんだけど、今度榛原さんの歓迎会も兼ねて、飲み会しようと思うんだ。榛原さん予定どう?」



「えっ!?う、嬉しいです!ありがとうございます!予定全然大丈夫です!」



「良かった。じゃあ有賀君も誘ってみる。でも断られる可能性のが高いから…榛原さんからも声かけてみて。」



「!?は、はい…頑張ってみます!」






翌日、安藤は蓮弥に声をかけたが、案の定断られてしまった。菜子はタイミングを見て声をかけようとするが、結局話せずにいた。



「はぁ…」



退勤時、菜子はため息をつきながらタイムカードを押す。



会社を出ようとすると、蓮弥がタイムカードを押しに、こちらへ向かってくるのが見えた。



「…!お、お疲れ様です!」



「…?あ、お疲れ様です。」



蓮弥は軽く会釈して菜子を通り過ぎ、タイムカードを押す。



「あ、あの!通勤は歩き…ですか?」



菜子はぎゅっと自分の服の裾を掴みながら言う。



「…まぁ、はい。」



「と、途中まで、ご一緒してもいいですか!?」



「え…と、急いでるんで。」



蓮弥は気まずそうにする。



「そ、そうですか……すいません。…お疲れ様でした…」



菜子はがっくりと肩を落とし、悲しい顔で会社を出た。

蓮弥は菜子がしょんぼりした子犬のように見え、罪悪感が襲ってきた。



「え…と、やっぱ、いいっすよ。」



「え?」



菜子は振り返る。



「は、早足でもいいなら…」



蓮弥は目を逸らしながら首を掻く。



「…!はいっ!」



子犬は尻尾を振り始めた。






蓮弥は宣言通り軽く早足で歩く。

菜子は小さい身体で一生懸命付いてくる。



「…子犬…」



「ん?何か言いました?」



「あ…いや、なんでも。」



「…あの、有賀さん。今度の金曜日なんですけど…」



「…ぁ…飲み会?」



「えと…はい…。」



「ごめん。行けそうにない。でも、歓迎してるから。それは伝えておく。」



「あ、ありがとうございます…。お忙しいんですね。」



「まぁ…うん。」



「1時間だけでも、厳しいですか…ね?30分でもいいです!あ、10分とかでも…」



「…なんでそんな来てほしいの?俺なんていてもいなくても変わんないと思うけど。」



「え゛っ…と、その、あの、現場のみなさんとなかなかお話できる機会ないですし、有賀さんとは特に仕事で関わりもないので…」



「…俺と話してもつまらないだけだし時間の無駄だから、他の人と交流しなよ。」



「そんなことないです!私は楽しいです!今だって!」



菜子はぐいっと蓮弥に詰め寄る。



「…そ、そう…」



蓮弥は勢いに押され、足を止める。



「!あ、すすすすみません!失礼しました!」



菜子はバッと離れて早足で歩く。



「……ふっ。」



蓮弥は少しだけ微笑んだ。

そして、菜子の後ろを付いていく。



「1時間だけなら、いいよ。」



「…え?」



菜子が振り返る。



「歓迎会。1時間だけなら、行ける。」



「…ほ、本当ですか!?う、嬉しいです!!」



菜子は、ぱあっと明るくなる。



「最後まではいられないけど。それでもいいなら。」



「はいっ!1分でも嬉しいので!ありがとうございます!」



「…ははっ、1分て。」



蓮弥は再び笑みを見せる。



「!?わ、笑った…」



菜子はボッと赤くなる。



「ん?」



「わ、えと、その、お、お疲れ様でした!また時間はお知らせします…!」



菜子は蓮弥を置いて走って帰った。



––有賀さんが…私に笑いかけてくれた…嬉しい…嬉しいっ…!!



菜子は、幸せいっぱいの笑顔で走っていた。

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