第3話


そして、初出勤日。



「今日からここで事務員として働いてもらう、榛原菜子さんです。」 



菜子は、朝礼で社長から社員全員に向けて紹介された。



「き、今日からお世話になります、榛原菜子と申します。い、一生懸命頑張りますので、よろしくお願いします!」



菜子は周りを見る余裕もなく、予め考えていた言葉を緊張しながら吐き出し、力一杯頭を下げた。

社員からは笑顔と拍手で歓迎され、菜子は少しホッとする。



その後、社内の案内や仕事の説明を受け、菜子は一生懸命メモを取りながら聞いていた。

午後からは少しずつ業務に挑戦し、頭に叩き込んでいく。



「今日はこのくらいで終わりにしよう。いっぱい詰め込んじゃって、ごめんね。」



上司の安藤あんどう 梨江りえが言う。彼女はいつもニコニコとしており、とても親しみやすい。



「あ、いえ…!私も早く覚えたいので、とても嬉しいです!ありがとうございます!」



「ふふ、榛原さんが良い子そうで安心した。これから少しずつ仕事が増えてくけど、よろしくね。」



「はい、こちらこそよろしくお願いします!」



菜子は、前の会社では受けることのなかった温かさに、少し泣きそうになった。






そして1ヶ月が過ぎ、仕事の流れは大体掴めてきた。



「榛原さん。この計画表、工場長に渡してきてくれない?」



「はい、わかりました。」



菜子は現場にいる工場長のもとへ向かう。



「田宮さん!これ、安藤さんから頼まれて持ってきました!」



「ああ、ありがとう。そこ置いといて。」



工場長の田宮たみやは、作業しながら指示をした。

菜子は指示された作業台の上に書類を置き、邪魔にならないようそそくさとその場を離れる。



––そういえば、全然余裕なくて現場の方たちの顔、ちゃんと見てなかったな…



菜子は社員の顔をチラチラと見ながら事務所へ向かう。



––ドンッ。



よそ見をしていて前を見ていなかったので、誰かとぶつかった。



「わぷっ!ご、ごめんなさい!!」



菜子はすぐさま頭を下げる。



「ん、別に。」



低い声が頭の上に降ってきた。

菜子は、バッと頭を上げる。



「………あ。」



菜子は思わず間抜けな声を出す。



目の前にいたのは、

もさっとした髪で目が半分隠れており、

鼻が高くて色白の男性…

桜並木の道で見かけた、菜子が恋した男性であった。



男性は、菜子の間抜けな声を気にすることなく行ってしまった。



「…うそ…なんで……」



菜子は頬を赤く染めながら、彼の後ろ姿をただ見つめていた。


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