第四十話 心配
「い、いきなり何てことを言うんですか……」
口元をティッシュで拭きつつ、私は喉の調子を整えながら呟く。
そんな質問が来ると思ってなかったから、危うくサンドイッチを吐くところだった。
「ふふ、半分冗談よ。流石にそんなことするような人間に育てた覚えはないわ」
「でも、半分本気なんですね……」
「そりゃ、この世に絶対なんてことはないもの」
軽く笑い飛ばすように答える桜雪さんに、私は思わずジト目で見つめた。
良いことを言っていたような気がするのに、軽薄に聞こえるのは何故だろう。
そしてどこか武藤さんに似た雰囲気を、私は肌で感じていた。
「最初は本当に心配したのよ? まーたあの
「沢さ……えっと、真夜さんってそんなに問題児なんですか?」
「そりゃあもう。何度学校から呼び出されたことか……」
サンドイッチを食べ終え手をティッシュで拭きつつ、桜雪さんがうなだれるように答える。
「まあ反抗期ってやつ? 私も経験あったから、分からなくもないんだけど」
「桜雪さんにも反抗期があったんですか? 今の雰囲気からは想像出来ませんが」
口を開かなければ、大人しそうで柔らかな雰囲気が漂う桜雪さん。反抗期とは無縁のように見えたのだが、案外そうでもなかったようだ。
「ふふ、昔の話よ。誰だってあるでしょ? やんちゃしたくなる年頃って」
「そ、そうですね……?」
サンドイッチを頬張りながら素直に桜雪さんの話を聞く。なお、共感は出来ていない。
思い出話を語る桜雪さんは、どこか懐かしそうに明後日の方向を見つめていた。
「あ、でもね。最近はめっきり大人しくなったのよあの娘。一体どんな心境の変化があったのかってずっと疑問だったんだけど、今日あなたに会って謎が解けたわ」
「私に会って……ですか?」
どうして私に会って疑問が解けたのだろう、今一度考えてみるも答えは出ない。
「実はね、今まで真夜を慕う後輩は見たことあっても、同い年の友達や年上の先輩は見たことなかったの」
桜雪さんの言葉に私は妙に納得した。言われてみれば、かつて取り巻きがいた時も皆後輩ばかりだったような。
それに私を助けてくれた時だって、クラスの皆は恐れるばかりで沢崎さんの味方になろうという人は現れなかった。
「やっぱり母親としては、その辺心配だったのよね。対等な友達って呼べる存在があの娘にはいないんじゃないかって。あえて私に紹介しないだけで本当はいるのかも、なんて最初は思ったけど……そんな風には見えなかったから」
「対等な友達……」
心配そうに呟いた桜雪さんの言葉が、不意に私の胸に刺さる。対等な友達なんて私もいなかったので、急に後ろから殴られたような気分だ。
私なんて沢崎さんに出会うまで、友達や慕ってくれる後輩もいなかったのだから。
ちなみに武藤さんについては友人という枠組みで見ていない。何と言えばいいか……近所のお姉さん? 本人には決して言えないけれど。
「……きっと、あなたのおかげね」
私の瞳をまっすぐ見つめて、桜雪さんが嬉しそうに呟く。
「そ、そんなことはない……と思います。私と初めて会った時には既にバイトを探してましたし……私なんて、むしろ助けてもらっているといいますか」
「いいのよ謙遜しなくても。それにね、子供に対する母親の勘って結構当たるの」
「……そうなんですか?」
自信満々な桜雪さんに、思わず私は半信半疑で問いかける。
「ふふ、春風ちゃんもきっと親になれば分かるわ」
相変わらず私を小春ちゃんと呼びながら、桜雪さんが意味ありげに呟く。
「ですから小春じゃなくて、春——」
そこまで言って、今正しく呼ばれていたことに気づく私。
「あれ? もしかして小春ちゃん呼びの方が良かった?」
「ち、違います。さっきからまともに呼んでくれた試しがなかったから、つい……」
嬉しそうに私のもとへ近づき、肩に手を回して頭をわしゃわしゃと撫でる桜雪さん。
「本当、真夜と違ってからかい甲斐があるわねー。どう小春ちゃん、沢崎家に養子として来ない? 今ならもれなくちょーっと癖のある妹と弟が出来るわよ?」
「……癖がちょっとどころじゃないので遠慮しておきます」
どこか温かさを覚える未知の感触に、私は照れつつも首を振るのだった。
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