第十八話 強者




片付けを一通り終えたものの、未だに帰ってこない武藤さん。


大体どこに行ったのか予想出来ていた私は、思わずため息をつく。


……彼女のことだ。どうせ、男漁ナンパりだろう。


時間を鑑みるに、さては変な輩にでも絡まれたか?


天野と言い合いをしている沢崎さわさきさんの肩を叩き、事情を説明する。


とりあえず私は、用心棒という名の沢崎さんを連れ、武藤さんを捜し始めることに。


******


「はぁ……全く。褒めたらこれですよ」


「でも、愛姉がそんなナンパなんて、想像つかないな」


変わらず頭にサングラスを乗せながら、沢崎さんが難しい顔をする。


「沢崎さん、騙されてますよ。武藤さんは元々そういう人です」


おそらく皆に良い顔をしたいのだろう。そういえば、最近そういった話を聞かなくなっていた。お店に私しかいない時は、よく合コンの愚痴とかをしていたのに……。


「俺の知ってる愛姉さんは、もっと孤高の人っていうか」


「職場では確かに孤高ですけど、基本あの人は恋に飢えていますので」


孤高というか、孤立というか、孤独というか……。


あんまり言うと、武藤さんに告げ口された時が怖いので止めておこう。


「さて……そんな武藤さんは……」


数分歩いたところで、何やら人だかりを見つける。


白いワイドブリム、情熱的な赤い水着、遠めでも分かるスタイルの良さ。


「相変わらず、目立つ人ですね」


状況を見るに、三人の男性に絡まれているようだ。


武藤さんは背を向けている状態で、まだこちらに気づいていない。


ひ弱そうな細身の男、金髪でこんがり焼けたチャラ男、そしてがっちりとした体格の無骨ぶこつそうな男。


「なんだなんだ、金髪が愛姉さんに言い寄っているぞ」


だいたい二十メートル以上離れているのもあって、会話内容はほとんど聞こえない。


「……そうですね、もう少し様子を見ますか」


何か怪しい気配を感じたら、すぐに沢崎さんに突撃してもらおう。


……なんて、思っていたのも束の間。


金髪の男性が、武藤さんの肩を掴む。


嫌そうに離れようとする武藤さん、変わらず身体の距離が近い金髪男。


それを見て、私は――


「沢崎さん!」


気づけば、考えるより早く叫んでいた。


「っしゃ! 任せろ!」


私の合図を聞いて颯爽と駆け出し、全力疾走で武藤さんの元へと向かう。


あっという間に距離を詰め、勢いよく飛び上がる――


「っらぁああ!!」


沢崎さんの怒号、それによって振り向いた金髪男の腹へ――飛び蹴りが直撃する。


「うぐぉっ!!」


彼方へ吹っ飛ぶ金髪男。華麗に着地し、すぐさま細身の男性に殴りかかる。


しかし、ガタイのいい男性が右腕を掴み、それを制止する。


「え、真夜ちゃん……?」


突然の沢崎さんの登場に、驚く武藤さん。


「な、何だ君は」


「っせえ! 愛姉さんに手を出すヤツは、俺が殺す!」


右腕を振り上げると同時に、左足でガタイのいい男性の金的を蹴り上げる。


不意を突かれたのか、見事に食らいうずくまってしまう。


手を振りほどき、そのまま細身の男性を砂浜に倒して腕挫十字固うでひしぎじゅうじがために移行する。


「女だからって甘く見たのが、お前らの敗因だ!」


「ぎ、ギブギブ!! タンマタンマ!!」


「ま、まって真夜ちゃん! ストップストップ!」


容赦なく腕を捻りあげる沢崎さんを、武藤さんが止める。


「沢崎さん、もう大丈夫ですよ」


私と武藤さんの制止を聞いて、渋々技を解除して立ち上がり、身体に付いた砂を払う沢崎さん。


「ふん、命拾いしたな」


「……命拾いしたな、キリッ! じゃないよ! やりすぎだってば!」


「これは仕方ありません、武藤さんの危機でしたから」


沢崎さんに対する抗議へ、フォローを入れる。


「全然危機じゃないよ! 止めなかったってことは、はるちゃんがけしかけたね?」


「おい、そこのガタイがいいヤツ。お前、さっきの食らってないだろ」


そんな時、沢崎さんが突然そんなことを言い始める。


「……いやはや、見抜かれていたとは。お恥ずかしい」


うやうやしく立ち上がりながら、砂を払うガタイのいい男性。


「え? 何、このバトル漫画みたいな展開」


「どうやら誤解をされてしまったようですから。私の友人には悪いですが、この方が手っ取り早いかと思いまして」


「……ふん。その余裕な感じ、気に食わねえな」


どこか冷静に物を言う男性に、沢崎さんが腕を組みながら不満を漏らす。


「女性に手をあげる趣味はございませんので」


「……この二人はさておいて、いったい何があったんですか?」


「はぁ……めちゃくちゃにしてから聞くんじゃないよ、もう」


深いため息をつきながら、呆れるように呟く武藤さん。


「あのね、この人たちは別に話してただけ。確かに金髪の人がぐいぐい来て、困りはしたけどさ」


「それに関しましては、本当に申し訳ありません……」


武藤さんの言葉に、ガタイのいい男性が深々と頭を下げる。


「何度か止めたんですが、いかんせん、人の話を聞かない二人でして……」


「いえいえ、私も暇してたし、お話しするのは良かったんですけど……ちょっと強引過ぎたなっていうか……あはは」


「……いやいや! ちょっと待ってください。暇してたって何ですか?」


危うく流しそうになった武藤さんの言葉を、私はしっかり指摘する。


「確か、お手洗いに行くと言っていなくなりましたよね?」


「え? えーっと、それは……」


途端に言い淀み、目線を逸らす武藤さん。


「……武藤さん。わざと、話しかけられに行きましたね?」


「そ、そんなことないよぉ?」


あからさまな動揺を見せ、語尾がおかしくなる武藤さんに対し、私は思わずため息を漏らす。


「……はぁ」


「すみません、うちの姉が」


ガタイのいい男性の方を向き、改めて謝罪する。


関係性を説明するのも面倒なので、とりあえず姉妹ということにしておく。外見が全く似てないので、これで通せるかは分からないが。


「えっ」


そんな私の行動に対し、素っ頓狂な声と共に心底驚いた様子を見せる武藤さん。まるで別のことにも驚いたような、そんな違和感を覚える。


「い、いえ! 今回のは私たちに非がありますから……」


私の反応に対し、男性が申し訳なさそうに頭を下げる。


「せ、せめてものお詫びといいますか、良かったらこれ……!」


そう言って彼が差し出してきたのは、ビニール袋に詰められた市販の花火。


「安物ですみませんが、皆さんで遊んでください。妹さんも、お姉さんとこれで楽しんでいただければ」


「え、良いのか?」


断ろうとするより早く、沢崎さんが花火に食いついた。


「なーんだ、良いヤツじゃんお前! 筋肉もあるし、ちゃんと強いし!もしかしてこれが、いわゆるイイ男ってやつか?」


「……沢崎さん。多分ですが、それは少しズレているような気がします」


彼女の場合、完全に花火に釣られただけだろう。


「確かに、言われてみればすごい筋肉……! スポーツとかされてるんですか?」


声のトーンがいつもより高い武藤さん。なるほど、これが男と話すときの様子テンションか。何だろう、ちょっとだけ引いた。


「実は、空手を少々……」


「なるほど……強さの正体は空手か」


男性の言葉に、うんうんと頷く沢崎さん。


「え、すごーい! 黒帯とかですか?」


普段と違うキャピキャピした武藤さんの振る舞いに、寒気が走る私。


「いえいえ、私なんて四段の若輩者です」


「四段? ふーん……」


その言葉を聞いて何故か沢崎さんが満足げな様子。実際のところ、四段ってどれくらいの段位なんだろうか。


「じゃ、しょうがねえな。この花火はもらってやる」


「どういうことですか」


話の繋がりがまるで理解できず、思わずツッコミを入れる私。


全然話に脈略がないというか、関係ないような。


「ま、まあでも……ありがとうございます」


何とも微妙な空気になってしまったので、とりあえず差し出された花火を受け取る。


「いえいえ、この度は本当にすみませんでした。それでは、失礼します」


そう言って、倒れてる二人の男性を軽々と抱え上げ、去っていく。


「す、すごい……人って、あんなに軽々と持ち上がるものなんですね」


あまりにも容易く肩に乗せ、大変な様子すら感じさせず歩いていく姿を、私は呆然と見つめる。


「ああ、せめて連絡先をー……!」


名残惜しそうに背中を見つめる武藤さんを、蔑んだ目で睨む。


「……武藤さん」


「あ、いや! えーっと、あはは……」


「帰りますよ。もう」


はぁ……と、改めて深くため息をつく。


「……はーい」


あからさまに意気消沈している武藤さんの手を握って、私は歩きだす。


色々と面倒なことがあったものの、とりあえず沢崎さんが花火をもらって嬉しそうだから、今回の件はそれで良しとしよう……。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る