第十六話 感謝



武藤さんに買ってもらった水着に着替え、皆がいる場所へ戻る途中のこと。


隣を歩いてる武藤さんは、相変わらず周囲の視線を集めていた。


歩を進めるたびに、その豊満な胸がたゆんと揺れる。


「……何を食べたら、そんなに大きくなるんですか?」


一生埋まりそうもない格差に、思わず深いため息をつく。


「んー、これは遺伝もあるからねぇ。私がはるちゃんの頃には、もうFくらいあったし」


「つまり……もう望みはない、と」


唐突に現実を突きつけられ、私は絶望する。いや……あんなもの邪魔なだけだ。


大きいから何だと言うんだ。着れる服だって狭まるし、良いことなんて……。


「まあまあ、はるちゃんには、はるちゃんの良さがあるって!」


「それにスク水君――じゃなかった、色男君は多分巨乳好きじゃないと思うし……大丈夫じゃない?」


「……一応、後学までにお聞きしますけど、その根拠は?」


「え、そりゃあ……お友達二人は私の胸に終始釘付けだったけど、彼だけは顔を見て水着を褒めていたから……かな?」


顎に人差し指を当てながら、記憶を振り返るように答える。


「なるほど……?」


「健全な男子高校生なら、絶対釘付けになると思ったのに……。正直、ちょっと悔しかったなぁ」


胸を二の腕で寄せて、ボリュームを強調しながら、そんな不満を漏らす武藤さん。


「……男子高校生で、遊ばないでください」


「あれくらいの年頃の子って、からかいたくなっちゃうのよねー。あ! 安心して、彼はちゃんと、はるちゃんに夢中だったよ!」


「いや、別にそこは気にしてないです」


「まーたそんな強がっちゃってー!」


私の頭をなでながら武藤さんが嬉しそうにからかう。


何てことのない談笑を交えながら、私たちはようやく拠点にたどり着く。


いつの間にかバーベキューセットの準備が済んでおり、これからちょうど食材を焼こうというタイミングだった。


「あ、ちょうどよかったっすー! もう準備は万端っすよ!」


「おお……流石愛姉さん。春姉がとても可愛くなってる!」


武藤さんのコーディネート力を目の当たりにし、思わず息をのむ沢崎さん。


「と、とても可愛いと思います」


どこか照れた様子で、そう私を褒めてくれる伊田さん。


「……あ、ありがとうございます」


「まあでも、スク水変態野郎にとっては残念だったかもな!」


「そっすねー。あんな爽やかな顔してスク水好きなんて……人間、分からないもんっすねえ」


ここぞとばかりに伊田さんをからかう不良ペア。まさに良いおもちゃを見つけた、そんな表情をしている。


「い、いや俺は別に……! おい、お前らも黙ってないで何かフォローしてくれよ!」


「……俺は、お前がそんな趣味だったとは知らなかったよ」


「ふーん、ニッチじゃん」


「お、お前らまでそっち側につくなぁぁああー!!」


伊田さんの渾身の叫びが、御浜海水浴場にこだまする。


後者のオタク君こと天野のコメントに関しては、ただそれが言いたかっただけだろうと思う。何故なら、似たようなコメントを以前ミニドリップでしていたからだ。


……なんて心の中でツッコミを入れながら、私はそっぽを向いて知らないフリをした。


申し訳ない、こればっかりは……私が悪い。


「諦めて素直に受け入れるんだな!」


「まー、これは色男……じゃなかった、スク水君が悪いよねぇ」


「む、武藤さんまで……」


いよいよ味方がいなくなって、八方塞がりとなってしまった伊田さん。


「じゃ、そういうわけでスク水君、早く野菜焼いてー!」


「こ、こんなはずじゃ……!」


不満を漏らしながら伊田さんが渋々野菜を焼き始める。それを見て私は、罪悪感から静かに彼を手伝うことに。


「じゃあ、私はこっちで玉ねぎを焼きます」


「か、香笛さん……!」


「流石にこれは、私に非がありますので……」


視線を逸らしながら、網の上に玉ねぎを並べていく。


「へぇ……?」


私の様子を見た坊主頭の谷村が、こちらを見ながらニヤニヤしている。


「これっていわゆる、初めての共同作業……ってヤツっすね?」


それに白井さんが乗っかり、二人して意味深な表情を浮かべている。


「……白井さん?」


私が目を細めて不満げに睨むと、白井さんはすぐに目線を逸らした。


「~♪」


これみよがしに口笛を吹きながら、明後日の方向を見る白井さん。


「ほらほら、皆もお皿とか準備して! お肉もいっぱい買ってきたから、全部食べ切ってよねー?」


「ひゃっほう! お肉っすー!」


「野菜は嫌いだけど、肉ならいくらでも食べられるぜー!」


武藤さんの言葉に、テンションがあがる白井さんと谷村。


「好き嫌いをするな、ちゃんと野菜も食べろよ?」


坊主君こと谷村を注意する沢崎さん。その横で、黙々と野菜を食べている天野。


「……へぇ? お前は好き嫌いしないんだ?」


「人から頂いたものを、好き嫌いして食べるなんて失礼だからな」


沢崎さんの言葉に、冷静に返す天野。


「ふうん……」


天野を見て、どこか満足そうな沢崎さん。どうやら好感触のようだ。


「はーい、お肉行くよー!」


そんな中、武藤さんがかけ声と共にパックを開封し、牛肉を網の上に並べていく。


「ひとまず肩ロース並べといたから、後は各自で取って焼いてね!」


「いえーい! 待ってましたっすー!」


「ちなみに、後は何があるんですか?」


「えっとねー。カルビとー、バラ、ミスジ、リブロース……後はハラミと、タンだね」


「豚肉も一応買ったけど、牛がメインだよー」


クーラーボックスに詰まっているラインナップに、思わず生唾を飲む。


「よりによって牛メインなんて……ご、ごちそうじゃないですか……!」


子供のように目を輝かせながら、私はミスジとタンのパックを手に取る。


十分に脂がのった、赤身が綺麗な牛肉。これは絶対に高い肉だ、と私は確信した。


「……これ、いくらしたんですか」


「え? ああこれ? よく行くお肉屋さんが、明日高校生たちを海に連れてくって話したら、サービスしてくれてねー! 普段より少し安めに売ってくれたんだー」


「それでも、だいぶ高かったんじゃ……」


ミスジとリブロースなんて、普通に買っても高い部位だったはず。


「あの、かかった費用については後で払わせてください」


「なーに大人ぶってんのよ、はるちゃん」


「美味しいって言いながら食べればいいんだって。別に私がしたくてしてるんだし」


「で、ですが……」


「ま、いつかはるちゃんも経験するんじゃない? 見栄を張りたいっていうか、世話を焼きたいっていうか。何だろね、大人の特権ってやつ?」


たまに見せる武藤さんの真面目な表情。普段彼女がふざけているからこそ、ギャップに心が揺らされる。


「愛姉さん……! うち、一生ついていくっす!!」


「俺もついていきます! 愛姉さん!」


同様に、武藤さんの心意気に感動する沢崎さんと白井さん。


ちなみに谷村と天野は、武藤さんに神々しさでも感じたのか、膝をつき手を合わせて俯き、祈りを捧げていた。


「あの、本当にこんなごちそう……ありがとうございます」


半分ふざけている二人をよそに、しっかり真面目にお礼をする伊田さん。


「や、やだなーもう! そんな感謝されたら恥ずかしいじゃん! ほらほら、残さないで食べてよー? 残したらそれこそ、全額請求するからね!」


皆から改めてお礼を言われ、照れながらもそんなことを言う武藤さん。


彼女の優しさに、誰もが感謝をしていた。


「本当に、あり――」


私も本心の感謝を言おうとして、武藤さんが照れくさそうに背を向けた瞬間だった。


腰に位置する彼女のパレオの結び目が、偶然にも緩んでしまい――


「……あ」


ほぼ露出していると言っても過言ではない、武藤さんの艶やかなお尻が露わになってしまった。


すぐに直したため、奇跡的にも俯いて祈りを捧げていた二人には見られなかったものの……。


「ぶふっ……!」


どうやら伊田さんはしっかり見てしまったようで。顔を真っ赤にし、その場でしばらくうずくまっていた。


「む、武藤さんっ……!」


ごめんごめんと謝る武藤さんに文句を述べながら、先ほどの彼の反応に心がざわつく私。


「い、いてっ!」


何故だか無性にムカッとしたので、私はうずくまる伊田さんの尻を足で小突き、不満を露わにするのだった。


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