第十五話 抗議


「夏、ですね……」


さらに強くなる日差し。観光客の喧騒に灼熱の砂浜、吹き抜ける潮風。


時刻は午後に突入した頃、私は水平線を見つめながら思わず呟いた。


他の皆は波打ち際でビニールボールを投げあったりと、楽しくやっているようだ。


「夏ですね……じゃないよ! ほら、早く選ぶ!」


私の呑気な言葉を聞いて、武藤さんがすかさずツッコミを入れる。


――そう、現在私は武藤さんに無理やり連れられて、水着や遊具など色々取り揃えた海の家へ来ている。


やはり需要があるのだろう。ビーチに多数の水着が売っているなんて、と驚く私。


渋々視線を商品に戻し、幅広いラインナップに感心する。


「へぇ、これは……」


浮き輪を興味津々に見つめていたところで、武藤さんに財布で頭を小突かれた。


見覚えのある薄桃色のブランド財布。どうやらまだ現役なようだ。


「なーに浮き輪なんて見てるの、そんなのは後!」


「ええ……」


「この、イルカの浮き輪……アリですよ」


「はいはい、後で買ってあげるからもう。水着をさっさと選ぶわよ!」


――皆に水着を披露し、主に武藤さんからの抗議があった後。


割と気にしていない私と、猛反対の武藤さん。


最終的に、お願いだからはるちゃんの水着を買わせて。と、訳の分からないお願いをされ、現在に至る。


あの件をきっかけに、伊田さんのあだ名がスク水変態野郎となってしまったので……こればっかりは申し訳ない気持ちがある。ちなみに名付け親は、白井さんだ。


「はぁ……何でそれで良いと思ったのか、未だに理解できないんだけど」


「確かに、武藤さんの年齢でこれを着るのは、ちょっとまずいですもんね」


「ん? 年齢が何だって?」


「間違えました、体型です」


武藤さんの迫力に怯えながら、私は発言を訂正する。


「そうだよねー? ここから、歩いて帰りたくないもんねー?」


トーンの低い声で、そう呟く武藤さん。目が笑っていない。


忘れていた、彼女に年齢の話は禁句だった……。


「あ、私、この水着が着たいです」


近くにあった水着を適当に掴んで、あからさまな話題転換を試みる私。


「え……めっちゃ大胆なもの持ってきたね、はるちゃん……」


予想外の答えが返ってきて、疑問を感じながらも手に取った水着を確認する。


「……間違えました」


いわゆるマイクロビキニと呼ばれる、布面積が少ないセクシーな水着だった。


何もなかったかのようにハンガーラックへ水着を戻し、私は他の水着を探し始める。


白井さんが着ていたような、オフショルダータイプだと上半身が隠れて良いな、と思ってみたり。


隣にいる大人げないスタイルお化けと並んで歩くにあたって、人の視線は嫌でも気になってしまう。


「ビキニタイプは……違うもんなー。はるちゃんの場合、お胸よりお尻をアピールするべきかなって思うし」


私の大人しめな胸を見ながら、そんな失礼なことを呟く武藤さん。


「悪かったですね、貧相な胸で」


武藤さんの言葉にわざとらしく悪態をつく。正直、気にしてないと言えば嘘になる。


「良いじゃない、皆それぞれアピールポイントは違うものよ?」


「全てを兼ね備えてる人がそれを言っても、説得力ありません」


「私のは、いわゆる廃課金ってやつだし?」


自嘲気味に、しかしどこか自慢げな様子で武藤さんが答える。


「どっかいじってるわけではないけど。化粧水一つとったって、かけてる額が違うからねえ」


「今使ってる日焼け止めだって、確か二万くらいだったかな。はるちゃんも塗ってみる?」


「そ、そんな高いもの、私には不釣り合いなので結構です……」


金額に衝撃を受けつつも、私は何とか冷静に断る。


日焼け止めが、二万……? そんな高級品、一生の内に買うかどうかすら怪しいレベルだ。


「うーん、それにしても……はるちゃんに似合う水着、かぁ」


ラックにかけられた水着をさっと手に取り、私と重ね合わせては戻すを繰り返す武藤さん。


「……あ、はるちゃんにはこれとか合いそう。上がタンクトップみたいになってて、肌の露出が抑えめだし」


「なるほど、確かにアリですね」


「下はスカートタイプだし、今着てるジャージの上着も、これなら合うでしょ?」


そう言って見せてきたのは、淡い水色を基調とした、花柄混じりの水着。


「これ、良いですね」


「よーし! じゃ、早速サイズを確認して買っちゃおっか」


武藤さんが颯爽と水着を持っていこうとするところで、値札がちらっと視界に入る。


四、四万……!?


「ちょっ! ちょっと待ってください! やっぱり止めます!」


「えー? どうしたの?」


「す、すみません。値段をちゃんと見てませんでした」


「ん? ああ値段? いいよそんなの、気にしなくていいってば」


まるで些細なことだと言わんばかりに、武藤さんが答える。


「女の子は、可愛くなるのにお金を惜しんだら駄目よ。常に一番可愛い自分でいなくちゃ! その時、その一瞬――今という時間は、もう二度と返って来ないんだから」


どこか憂いを感じさせる表情の武藤さんに、私は何も言い返せなくなる。


いつも思う。このギャップは……ズルい。


「……ありがとうございます」


彼女のいつになく真剣な言葉に、私は大人しくお礼を返す。


「ふふん、どういたしまして」


素直な感謝を聞けて満足したのか、上機嫌な武藤さん。


……悔しいけれど、やっぱりこの人には敵わない。


改めて、そう感じさせられた私だった。



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