第十四話 魅力




「いえーい! 皆ー! 海だぁー!」


全力ではしゃぐ武藤さん。それに合わせて沢崎さんと白井さんも叫ぶ。


燦然さんぜんと輝く太陽、一面に広がる青い海、熱い砂浜――


私の語彙では表現できない絶景が、そこには広がっていた。


初めて見る光景に打ち震え、密かに感動していたのは内緒である。


八月も終わりというのに、相変わらずの暑さだからか、多くの観光客が見受けられる。伊田さん主導で男子たちはパラソルを立て、シートを広げ拠点作りに勤しんでいた。


「さーて、じゃあ女子たちー! 更衣室に行くわよー!」


「今日は泳ぎまくるっすー!」


「男子陣は、ちょーっと待っててね」


「は、はい!!」


「その間に、しっかりと拠点を作っておきますので!!」


そう意気込む谷村と天野。そして呆れる伊田さん。


「いや、お前らさっき全然やる気――」


言いかけたところで、口を抑えられる伊田さん。


「ささ! 皆さんはどうぞ着替えてきてください!」


坊主頭の谷村が、そんな調子の良いことを言う。


「じゃ、お言葉に甘えて。ほら行くよーはるちゃんも」


「私は中に着て来たので、別に更衣室じゃなくても大丈夫ですよ」


「だからってここでいきなり脱ぎ出したら、注目を集めちゃうでしょうが!」


「えぇ……」


武藤さんの手によって強引に引きずられながら、更衣室へと連れていかれる私。


気にしすぎだと思うのは、私だけなのだろうか……。


******


最初に更衣室を飛び出し、薄い白の長袖ジャージを一枚着て外で待っていた私。


愛用の麦わら帽子を被り直して、後続を待つ。


少しして、最初に出てきたのは沢崎さんと白井さんだ。


「い、いざ着てみると……恥ずかしいな」


上はビキニ、下はショートパンツタイプの黒いシンプルな水着。


男らしい沢崎さんに似合うショートパンツと、女性らしさも兼ね備えたビキニ。


なるほど、とても似合っていると思う。


「なーに言ってるんすかー姉御! めっちゃ似合ってるっす!」


そう言いながら、沢崎さんと共に出てきた白井さん。


両肩を露出した、オフショルダータイプの水着。


デコルテラインの強調、さらに水着が薄桃色であることも相まって、とても可愛らしい印象。


オフショルダーのフレアは、二の腕や胸をカバーするのはもちろん、ウエストもほっそりと見せてくれるので、着やすいタイプの水着だろう。


「沢崎さんのショートパンツも、白井さんのオフショルダータイプも、とてもお似合いです」


……これも昨日の深夜、水着について調べ尽くした私の努力の賜物である。


「そ、そうか? 良かった……」


「あとは、愛姉さんっすね……!」


いったいどんな水着で来るのか、半ば期待しながら武藤さんを待つ私たち。


そして……。


「ふぅー。皆、お待たせー!」


颯爽と登場する武藤さん、私たちだけでなく、周囲の観光客までもがざわついた。


「さ、流石……愛姉さん……」


「え、エロいっす……!」


まず視界に飛び込んできたのは、今にもこぼれてしまいそうな胸部。


溢れんばかりのバストを支えるのは、紐を首元で結んだホルターネックタイプの紅いビキニ。


細いウエストは大胆に露出しており、ヒップラインは紅の花柄パレオで隠されている。


つばの広い白の麦わら帽子、確かあれは……ワイドブリムという名前だったはず。


流石、自分磨きに心血を注いでいるだけあって、同性でも見惚れてしまうほどの完璧なスタイルだ。周囲にいる観光客の視線が、一気に武藤さんへ向けられる。


彼女の豊満かつ美しい胸部に至っては、もはや自身が大きさを気にしていなくとも、劣等感を抱いてしまう位に圧倒的で、魅力的だ。


性格はさておき、武藤さんのハイスペックさを私は改めて実感した。


「じゃーん! どうよどうよ! 今年初出しの水着なんだー!」


大人っぽさと、セクシーさに溢れる雰囲気と打って変わって、子供のように見せびらかしてはしゃぐ武藤さん。


「や、やばいっす愛姉さん! めっちゃ可愛いっす! というかエロすぎっす!」


「愛姉さん、まぶしすぎる……」


「へへーん、これね、実はー……」


そう言いながら、後ろを向いてパレオをちらっとめくり、すぐに隠す。


見事なヒップライン――どころか、あれ? 見えた肌色が結構多かったような……。


「えっ! まさかのTバッ……!!」


いきなり飛び込んできた刺激的な光景に、白井さんが目を見開き驚嘆する。


沢崎さんには刺激が強すぎたようで、赤面して黙り込んでしまった。


「流石にセクシーすぎるかなーって思ったんだけど、可愛いから買っちゃった!」


変わらず、くるくると回りながら水着を披露する武藤さん。


もはや観光客の男性陣は、彼女一人に釘付けである。


「……武藤さん」


そんな中、私は一つだけお願いをした。


「絶対に、そのパレオを取らないでくださいね」


「えー? ダメ?」


「ダメです。特に健全な男子高校生には、刺激が強すぎます」


渋る武藤さんを、私は真剣な面持ちで制止する。


こんな、お尻がほぼまる見えなんて……精神衛生上、とてもよろしくない。


どこか納得がいってない様子の武藤さん、そして沢崎さんたちを連れ、男性陣が待つ拠点へと戻ることに。


******


「お、おお……」


拠点に到着したのも束の間、谷村と天野が感嘆の声をあげる。


声にもならない叫びとは、まさにこのことだろう。


「武藤さん、沢崎さん、白井さん、皆さんとても似合っていると思います」


二人とは違い、しっかりと名指しで感想を述べる伊田さん。


少し照れた様子ではあるものの、谷村、天野ペアの武藤さんに向けている露骨な熱視線と比べれば、よっぽど紳士だろう。


「こ……これは、流石に相手が悪いっす」


「だな……」


なんて言いつつも、少し不満げな表情の沢崎さん。同じく白井さんも納得がいってない様子。


……なるほど。男子二人に興味なんてさらさらないが、かといって視線を向けられないというのは、それはそれでムカつく……ということだろうか。


一人で勝手に納得していると、武藤さんが私の脇腹を小突きながら、からかい気味に問いかける。


「で。はるちゃんは、いつまでジャージを着てるのさ」


「……え」


「え? じゃないよ。まさかずっとその恰好でいるつもり?」


「そうっすよ春姉! あの色男に見せて、褒めてもらうっす!」


「ま、まあ……暑いですし、脱ぎますけども」


そう言いながら、私は気だるい様子で上着のジャージを脱ぎ始める。


「…………」


そうして、皆に水着を披露する。


皆からの視線を一気に感じ、嫌でも頬が紅潮する。


ふと伊田さんへ視線を向けると、何やら戸惑っているような、発言に悩んでいる様子。


武藤さん、沢崎さんと白井さんに至っては、絶句……といった感じだ。


「……え、何で皆さん黙ってるんです?」


「そ、そりゃあ……ねえ」


重い口を、武藤さんが渋々開く。


「だって……それ、学校の……水着でしょ……」


「……そうですが?」


キョトンとする私とは対照的に、あからさまにドン引きしている武藤さん。


不思議だ。いったい何がダメなんだろうか。


「はるちゃん、さっきパレオって存在、知ってたよね?」


「オフショルダータイプも、知ってたっす」


どこか疑念のような視線が、女性陣から注がれる。


「なのに何ではるちゃん、その選択肢なの……」


「水着の種類を知ってるのは、昨日たまたま深夜に調べたからで……」


「……深夜?」


私の言葉を聞き逃さなかった武藤さん。私は思わずハッとして口をつぐむ。


「いえ、何でもないです」


「そもそも、私が持っている水着はこれだけですし」


「は、はるちゃん……」


海よりも深いため息をついて、武藤さんが続ける。


「色男――じゃなかった、伊田君! はるちゃんの水着、正直どう思う!? これで良いと思う!?」


「ええっ!? お、俺ですか……!?」


いきなり話を振られ、動揺しながら答える色男、もとい伊田さん。


「い、いや……俺は、その――」


「……可愛い、と思います」


顔を真っ赤にしながら、私を見てそんな感想を述べる伊田さん。


「……ありがとうございます」


その後、私を除く全員から伊田さんが総ツッコミを受けたのは……言うまでもない。




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